1|規制的手法を巡る論点
では、今後どんな選択肢が検討できるのだろうか。最大の焦点となるのが規制的手法であろう。ここで一つのヒントになるのが2024年4月、武見氏の発言に対する反響である。報道によると、武見氏が「医師の割り当て」という「高めのボール」を投げ込んだ際、厚生労働省内では「憲法違反になる。大臣の頭の中はさっぱりわからない」「医師会からどれだけ反対されると思っているのか。国が強制的に割り当てるなんて無理だ」といった声が漏れていたという
38。さらに国会審議でも、医師不足に悩む地域の国会議員から「職業選択の自由に反して、憲法違反の可能性があるから踏み切れなかったという話も聞きました」との意見が示されていた
39。
ここでのキーワードは「強制」「憲法違反」と思われる。日本の医療提供体制は民間中心であり、医師には開業の自由が広く保障されている。このため、医師の勤務先を地方に強制的に割り当てる政策は営業や職業・居住選択の自由など、憲法に抵触すると理解されてきた。さらに、松本氏や横倉氏が難色を示した通り、国家による強制的な割当に関しては、プロフェッショナル・オートノミーを重視する日医の反対が根強いと見られていた。このため、規制的手法を検討する上では、開業の自由との整合性を踏まえる必要がある。
実は、同様の点については、外来医療計画がスタートする時点で話題になっており、営業の自由を原則としつつも、開業を希望する医師が「地域で不足する医療機能を担うように要請を受ける」という条件を付ける形で、規制が導入された経緯がある。
今回の案についても、外来の開業医が過剰地域で開業する自由は制限されていないが、要請後のフォローアップの報告を義務付けるなど、開業時の条件が強化される案となっている。これは開業の自由を原則とし、強制力を持たせない範囲で、開業を希望する医師の協力を仰ぐ、あるいは協力せざるを得ない方向に導く手法が模索されていると言える。
ここで、本来的にクリアしなければならない問題を幾つか指摘したい。第1に、「既存の事業者には何の義務が掛からず、新規開設希望者だけに規制を掛ける問題をどう考えるか」という点である。つまり、現行の外来医療計画も、現在の見直し案も、開業時に要請を受けるのは新規開業の希望者だけであり、既存の事業者は何の制限を受けていない。このため、競争政策的に不公平ではないか、という問題が残る。
実は、同じ論点は病床過剰地域での上限規制(いわゆる基準病床)で論じられてきた。具体的には、病床数が多い地域では、都道府県が1980代以降、医療法に基づく医療計画で上限を設定しており、実は部分的に営業の自由に制限が掛けられている。
ここでは、新規に増床を希望する人だけに規制を掛け、既存の病床には何の制限も掛かっていないため、社会保障法の研究では「どの医療機関の病床が過剰であるか一概に判断できない以上、常にその責めを新規参入者に負わせていることが職業選択の自由を制限する態様として合理的といえるか大いに疑問が残る」との指摘が以前から出ていた
40。上記の指摘のうち、「病床」を「外来」に読み替えれば、同じことが現行の外来医療計画にも当てはまり、今回の見直し案でも本来、念頭に置かなければならない点である。
もう一つの論点として、営業の自由との兼ね合いであり、この点も医療計画の病床規制が参考になり得る。具体的には、いくら都道府県が医療計画で上限を設定したとしても、病床新設の自由を全て制限できないため、医療計画で定めた上限(基準病床)を超える部分は保険診療の対象として認めない運用となっている。言い換えると、病床過剰地域における新設分の病床は全て自由診療の扱いとなるため、実質的に増床できないようになっている。
つまり、医療法の医療計画で病床に上限を設定しても、営業の自由との関係で、実効性を保てないため、保険給付の方で制限するトリッキーな方法が取られているわけだ。実際、この規制方法について、国会では「医療法の勧告に従わなかったからという理由で、医療法ではなくて健康保険法で不利益に扱うという制度は、江戸のかたきを長崎で討つ」という皮肉さえ出ていた
41。
上記のような先例を踏まえると、開業医の数などに上限を設定しても、こうした運用にならざるを得ないと考えられる。要するに、実効性を担保できない「外来医療計画(江戸)」の仇を「保険給付(長崎)」で打つような仕組みになる可能性である。
このほか、自由を制限する公共の福祉(公益)にも意識する必要がある。病床規制に関しては、病床数が過剰になれば医療費が増加する傾向が見られる。そこで、病床の上限設定を通じて、被保険者が余計な費用を負担せずに利益を受けていると整理されている。このため、外来医師多数区域で規制を強化するのであれば、制限される自由を上回る公益性を整理する必要がある。
ただ、規制的手法の全てが反対されるわけではなさそうだ。例えば、2024年5月に開かれた病院経営者の会議では「医師が多い地域であまり開業が増えないようにするには、保険指定の制限も頭にあってもいい」という意見が出たいう
42。さらに、同年10月に開催された別の会合で、日医名誉会長の横倉氏が「何でも自由というのは考える時期になっているのではないか」と述べたという
43。
元々、日医の提案にも外来医療計画に基づく協議の結果フォローが含まれていることを考えると、この程度で規制強化のレベルがとどまるのであれば、それほど日医の反対意見は強くならないと考えられる
44。
38 2024年4月15日配信の『朝日新聞デジタル』記事を参照。いずれも幹部の匿名コメント。
39 2024年4月15日、第213回国会衆議院決算行政監視委員会における衆議院議員の谷田川元氏の発言を参照。
40 加藤智章ほか(2023)『社会保障法』有斐閣p146。
41 1998年4月14日、第142回国会衆議院厚生委員会における阿部泰隆神戸大学教授の発言。
42 2024年5月22日、四病院団体協議会総合部会での発言。同月23日配信の『m3.com』記事を参照。
43 2024年10月2日に開催された全国公私病院連盟の会合における発言。同月14日『週刊社会保障』No.3288を参照。
44 なお、医療計画の病床規制についても、日医は当初、規制強化に反対したものの、既存の病床の維持に繋がると判断したため、賛成に転じた。中でも、当時は徳洲会が病院を矢継ぎ早に開設していたため、地区医師会との間で摩擦が起き、地区医師会による独自の判断で、増床を規制する動きが始まっていた。これが賛成に転じた一つの要因と考えられる。詳細については、西岡晋(2002)「第一次医療法改正の政策過程(1)~(2)」『早稲田政治公法研究』第70~71号、『医療と社会』Vol.26 No.4に掲載された厚生省官僚OBによる座談会を参照。