これらの社会の変化は、私たち個人に、何をもたらすかというと、それは「男女役割分業」の限界ではないだろうか。男女役割分業は言うまでもなく、男性と女性の"対"があって初めて成り立つ。対であるうちは、夫婦が役割分担することで「家計」と「家庭」の両方を成立できるが、そうでなければ、どこかに矛盾が生じる。
例えば、現在、中高年になった女性が、入社時に、当時の文化に沿って定型的な職業や職務に就き、現在まで独身という場合は、勤続年数が上がっても賃金上昇幅が小さいため
5、将来受け取る年金水準は低く、十分な資産形成ができず、老後に自身が経済的リスクを抱えることになる
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男性にも問題は発生する。男性が独身で、家族の世話を担当するパートナーがいない場合は、育児に困ることがなかったとしても、親が老いて介護や世話が必要になった時に、職場が長時間労働で、自身の職務の負担が重いと、親のケアをする時間が取れず、親の要介護度が悪化してしまうというリスクがある。
もしくは、女性が結婚・出産後に専業主婦やパート勤めになった場合、夫が健在なうちは、「家計は主に夫、家事育児は主に妻」という分担が成り立っていたとしても、老後に夫が先立つと、夫の遺族年金で生活することになり、途端に収入が激減して生活に困る、ということもある。「妻は夫を支えてきたのだから、夫婦は平等」と言いたいところだが、遺族年金は、そのような設計にはなっていない。
逆に、少数派ではあるが、男性が老後、妻に先立たれるケースでは、それまで家事や近所づきあいを殆ど妻に任せていた場合、妻と死別後、自分の身の回りのことができず、孤立・孤独になって閉じこもりがちになり、心身機能や認知機能が低下する、というリスクもある。
このように、男女役割分業を前提としたまま中高年に突入すると、男女の対を形成しなかった人や、対が消滅した人は、何らかのハードルに直面しやすい。男女いずれにもそのリスクはあるが、収入水準と年金水準が低い女性の方が、経済的なリスクを抱えるため、問題は深刻だと言える。
女性が老後、低収入に陥っても、子から仕送りを受け取るという選択肢はある。総務省の2019年全国家計構造調査によると、例えば単身の65歳以上の女性が受け取っている仕送り金は、月に平均約3,000円。これは受け取っている世帯も、受け取っていない世帯も合わせた平均なので、実際には、全く受け取っていない高齢女性も多いだろう。筆者の感覚で言えば、現在の高齢者、特に女性は「子どもに迷惑をかけたくない」という意識が大変強い。多くの場合、自身の生活が困窮しても、子に仕送りをお願いすることには慎重なのではないだろうか。
要するに、高齢化と未婚化が同時進行し、三世代同居が減った今の日本では、男女役割分業は、役に立たなくなってきているのだ。それなのに、公的年金を筆頭に、税や社会保障など、国内の法制度には、夫婦を前提としたものが残されている。
筆者が既出レポートでも述べてきたように、公的年金は、「40年会社勤めをした夫と専業主婦の妻」という"モデル世帯"で老後の給付水準を試算し、それを基に制度改正を繰り返してきたため、個人単位で見ると、シングルの女性にとっては低年金リスクが高いことが、先の財政検証で明らかになった
7。一言で言えば、日本の法制度は、現在の超高齢社会に追いついていないと言える。追い付かなくても、せめて追いかけてほしいが、それより前に、多くの人は高齢期に到達するだろう。従って私たち個人は、急いで意識を変え、備えなければいけない。
個人の目線で述べれば、大切なのは、男女役割分業が及ばない"おひとり様"の人生が、いつか自分にもやって来るかもしれない、という認識を持つことだ。家計のこと、または家庭のことをあてにしていたパートナーは、老後、横を向いてもいないかもしれない。先に述べたようなシングル中高年が直面するリスクは、多くの人は、他人事とは言えないだろう。従って私たち個人は、この国に文化として根付いてきた男女役割分業への期待を捨てて、少しでも自立に向かうべきではないだろうか。
つまり、超高齢社会に必要となるのは、男女が「家計と家庭のどちらを引き受けるか」を選択するのではなく、どちらも自分に責任があると意識し、稼得能力と生活能力の両方を磨くことではないだろうか。個人がそうなるためには、企業もまた、「長時間労働と全国転勤ができる男性」といった伝統的な労働者モデルから脱却し、どのような働き手でも「仕事と家庭の両立」が可能となるようなマネジメントをしていかなければならないだろう。つまり、企業も、男女役割分業の組織風土から脱皮する必要がある。
日本は、世界で最も高齢化が進んでいる上に、ジェンダーギャップは世界最大級という、シングルにとってリスクが高い状態にある。「シングルにも有配偶にも公平な社会システム」が未構築であっても、個人、特にリスクが大きい女性は、男女役割分業に頼るリスクに気づき、自身の老後を守るために、ライフデザインを見直してほしい。