物価と体感-10%以上乖離、値上げに敏感な消費者、価格転嫁は可能か

2024年09月26日

(久我 尚子) ライフデザイン

1――消費者物価上昇率と消費者の体感~足元の消費者物価上昇率は3%程度だが体感では15%にも

物価高が3年近く続いている。さらに「令和のコメ不足」で米の価格も上昇しており、2024年8月の「米類」は前年同月比+28.3%となっている。それでも消費者物価全体で見れば上昇率は3%程度(「持家の帰属家賃を除く総合」は同+3.5%)と聞くと、意外に感じる人も多いのではないだろうか。

消費者物価上昇率は2021年9月にプラスに転じて以来、2年11カ月連続で前年同月を上回っているが、2023年1月のピーク時でも5.1%であり(図表1)、2022年半ばに10%前後を示した欧米の水準には遠く及ばない。

一方で、消費者が感じる物価上昇率は実際よりも遥かに高い。日本銀行「生活意識に関するアンケート調査」によると、1年前と比べた物価の変化について具体的な数値を尋ねた結果、足元では平均+15.7%に達している(2024年6月調査、中央値は+10.0%)(図表2)。

過去10年余りの実際の消費者物価上昇率と消費者の体感を比較すると、2022年頃までは常に体感が実際を約4%上回っており、消費者は常に実際以上に値上げを強く感じている様子が読み取れる(図表2)。ただし、2014年6月と9月の調査では、実際と体感がおおむね一致しており、これは2014年4月に消費税率が5%から8%へと引き上げられた直後で、消費者が明確に上昇幅を認識していたためと考えられる。
実際と体感に差が生じる理由として、冒頭の米のように、消費者が頻繁に購入する食料品などの価格が全体と比べて上昇している可能性があげられる。足元では確かにその傾向も見られるが、2022年以前は必ずしもそうではない(図表3)。むしろ、頻繁に購入する品目の上昇率の方が全体よりも低い時期も存在する。したがって、日本の消費者は、そもそも物価上昇に対して過剰に反応しやすいと考えられる。これは、日本では長らくデフレが続き、時間が経てば商品の価格は下がるという価値観が根付いたことに加え、賃金も上がらなかったため、消費者はわずかな値上げにも敏感になっているためではないだろうか。

さらに、2023年以降は、実際と体感の乖離が拡大し、その差は10%を超えるようになっている。この理由としては、今回の物価高騰においては、食料品やガソリンなど消費者が頻繁に購入する品目が早期に値上がりし始めたこと、さらにその上昇率が過去10年に例を見ない高水準に達したことが影響していると考えられる。足元では、頻繁に購入する品目の消費者物価上昇率は2.1%(2024年7月)まで低下しているが、価格自体が依然として高水準にあるため、体感としても依然として10%以上の上昇を感じているのかもしれない。

2――値上げに対する消費者の意識

2――値上げに対する消費者の意識~無理な企業努力による価格据え置きは支持されにくい時代へ

このような状況を見れば、コスト増を価格転嫁することを迷う企業も多いだろう。一方、ニッセイ基礎研究所の調査によると、昨年頃から消費者の物価に対する意識に変化が見られる。
20~74歳の消費者の値上げに関わる要望を見ると、店舗やメーカーなどの事業者に対し、「多少の値上げは仕方ないが、商品の量や質は変えないで欲しい」という(やむを得ない)値上げを支持する割合が約6割を占めている(「そう思う」+「ややそう思う」が58.8%)。一方、「品質は多少落ちても良いので、値上げはしないで欲しい」とする、値上げに反対する割合は3割未満にとどまる(同28.1%)。

また、政府や自治体に対しては、「適切にコスト増を価格転嫁できているかの監視が必要だ」や「企業が適切に従業員の賃金に還元しているかの監視が必要だ」などの支持率が6割を超えており、企業活動における適切な価格転嫁や賃金への還元などに対する監視を強く求める姿勢がうかがえる。

つまり、既出レポート1でも述べた通り、過去のデフレ進行下では、企業努力によって極力値上げを抑える姿勢が消費者に支持されてきた。しかし、現在では、コスト増や従業員の賃金への還元が適切に価格転嫁されることが、やむを得ないものとして、消費者にある程度受け入れられる土壌が形成されつつあると考えられる。

さらに、現在では、商品の量や質、利便性(取り扱い店舗やサービス利用時間帯の縮小など)を犠牲にしてまで値上げを避ける姿勢を支持する消費者は、もはや多数派ではない。特に、品質を下げてでも値上げを回避することに対しては、むしろ批判的な意見を持つ消費者が目立ってきている(「品質は多少落ちても良いので、値上げはしないで欲しい」でそう思わない割合が32.3%)。

この背景には、欧米諸国で先行したインフレや原材料費の高騰に苦しむ企業の厳しい状況、そして欧米と比べて賃金が上がらない日本の現状から、日本の消費者の間でも、無理に価格を抑えることが労働者の賃金上昇を抑制し、ひいては日本の競争力低下にもつながる可能性があるという構造的な理解が広がってきたことがあげられる。

また、社会の持続可能性、サステナビリティに関わる意識が高まる中では、例えば、イノベーションによる生産性の向上によって低価格が実現されるのであれば消費者に支持されるだろう。しかし、労働者に過度な負担がかかるような無理な企業努力で価格を据え置く姿勢は、支持されにくい時代へと変わりつつあるのではないか。
 
1 久我尚子「物価高の家計への影響と消費者の要望~やむを得ず値上げを受け入れる素地の形成、企業には監視の目」、ニッセイ基礎研究所、基礎研レポート(2023/6/13)

3――おわりに

3――おわりに~物価高が続く中で、自社の適正価格を再評価する機会に

先の消費者意識は昨年の調査結果であり、物価高が引き続き継続している現在では、消費者が昨年よりも疲弊している可能性がある。そのため、価格転嫁がしやすくなっているとは一概に言えない。一方で、自社にとっての適正価格を再評価する機会としてはどうだろうか。

ニッセイ基礎研究所のレポート2によれば、デフレ下で企業はコスト削減を通じて生産性を維持してきたが、「本来、適正価格の中に入れるべきものまで、価格から削ぎ落し(略)、従業員のモチベーションに直結する賃金すら削ってきた」ことで、「適正価格という感覚が麻痺してしまった」とも考えられる。

このような中で、企業でも価格転嫁の工夫が見られるようになってきている。旅行などで以前から行われてきたダイナミックプライシングが、遊園地の入場料やファストフードの深夜料金などにも広がっている。また、サウナなどでも、混雑時には価格を上げ、混雑していない時には下げるといったデータを利活用するような取組みが見られる。こうした仕組みでは、価格が安い時期も把握できるため、企業だけでなく消費者にもメリットがある。

企業の持続可能性が一層求められる中で、中長期的に生産性を向上させるために、人材をはじめとして今、何に投資をするか、そして、それに応じた価格設定を考えることが、勢いに欠ける日本経済の回復につながる道筋の一つになるのではないか。
 
2 矢嶋康次「御社のサービスの適正価格は?」、ニッセイ基礎研究所、基礎研REPORT(冊子版)4月号[vol.325](2024/4/5)

生活研究部   上席研究員

久我 尚子(くが なおこ)

研究領域:暮らし

研究・専門分野
消費者行動、心理統計、マーケティング

経歴

プロフィール
【職歴】
 2001年 株式会社エヌ・ティ・ティ・ドコモ入社
 2007年 独立行政法人日本学術振興会特別研究員(統計科学)採用
 2010年 ニッセイ基礎研究所 生活研究部門
 2021年7月より現職

・神奈川県「神奈川なでしこブランドアドバイザリー委員会」委員(2013年~2019年)
・内閣府「統計委員会」専門委員(2013年~2015年)
・総務省「速報性のある包括的な消費関連指標の在り方に関する研究会」委員(2016~2017年)
・東京都「東京都監理団体経営目標評価制度に係る評価委員会」委員(2017年~2021年)
・東京都「東京都立図書館協議会」委員(2019年~2023年)
・総務省「統計委員会」臨時委員(2019年~2023年)
・経済産業省「産業構造審議会」臨時委員(2022年~)
・総務省「統計委員会」委員(2023年~)

【加入団体等】
 日本マーケティング・サイエンス学会、日本消費者行動研究学会、
 生命保険経営学会、日本行動計量学会、Psychometric Society

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