公共調達市場の相互開放を目的とするIPIに関しては、24年4月に中国の医療機器調達市場における不当な差別措置や慣行に対する調査の開始が初めての適用事例である。調査と協議は9か月以内に終了し、正当な理由がある場合には5か月の延長が可能である。調査と協議が終了後、欧州委員会は主な調査結果と行動方針の提案に関する報告書を公表、欧州議会と理事会に提出する。中国が満足のいく解決策を提示していないとの結論を出した場合には、IPI措置として、入札成功の可能性を低くするスコアの調整や、EUの関連入札からの完全な排除という形を取ることがでる。
FSRは、新たなに導入されたツールでは最も動きが目立つ。ブルガリア政府の鉄道車両調達やルーマニアの太陽光発電プロジェクトのケースなどでは、対象企業は入札の撤回を決めおり、効果を発揮しているように見える。FSRは、アンチダンピング関税やアンチ補助金関税という伝統的な貿易保護ツール(TDI)や、共通通商政策を根拠とするFDIスクリーニング枠組み規則、ACIと異なり、法的にはEUの単一市場を維持するための措置として導入された点に特徴がある。英紙フィナンシャル・タイムズ(FT)のシニア・トレード・ライターのアラン・ビーティーは、FSRが迅速に実施されている理由として、「欧州委員会が「職権」で調査を開始」できること、権限が同委の競争総局と域内市場総局に大きく集中しているために「発動のハードルが低い」ことを指摘する
17。FSRは有力なツールとなるものの、「合法的な外国投資を抑制し、脱炭素技術の導入コストの上昇につながる」リスクもあり、慎重な取り扱いが必要としている。
FSRと異なり、中国製EVに関する調査は、TDIのアンチ補助金措置として貿易総局が実施している。調査は23年10月4日に開始され、24年6月12日に暫定的なアンチ補助金関税として最大38%の追加関税を課すことが発表された。調査は24年11月2日まで継続され、調査終了時に最終措置についての結論を出す見通しである。前掲のFTのコラムニストは、FSRとの違いとして、TDIのアンチ補助金関税は「慎重な熟慮を要する」こと、具体的には「加盟国の立場も入念に配慮する上、フランスとドイツのメーカーの利害調整、安価な自動車が消費者にもたらす恩恵といった要素も検討する」点に違いがあるという。
CBAMは、2023年10月1日からは、26年からの本格的な適用に向けて情報を収集するための移行期間が始まっている。詳細はジェトロ(2024)
18にまとめられているが、当初の段階では対象が5つのセクターに絞られており、直接的な影響を受ける国はグローバルサウスが中心だが、対中国デリスキングのツールとしての性格は希薄と言える。第3国も、EU向けの製品の流入などで間接的な影響を受ける可能性があるほか、2026年までに適用範囲の拡大を検討することになっている。移行期間に入り、対象事業者に対して報告義務が課されたことは、EU企業にとっても負担となっている。
ACIに関しては、これまでのところ行使された事例はない。平見(2924)
19は、ACIでは威圧措置を「国際法上の内政不干渉原則に反する違法行為」として捉え、「国家責任法に基づく対抗措置を正当化」しているが、「すべての威圧行為が国際法上の違法な干渉行為に該当するか慎重な検討を要する」こと、「WTOルールに反する対抗措置が正当化できるのか」などの問題を指摘、「EUも慎重に運用する」との見方を示している。
FSRの調査やEVのアンチ補助金調査に中国は強く反発している。中国は、EVへのアンチ補助金関税に対する対抗措置として、中国市場への依存度が高いフランス産のコニャックやドイツの対中国の主力輸出品目である大排気量の自動車などに制裁関税を課すのではないかとの観測も燻っている。
15 European Commission staff working document "Evaluation of Regulation (EU) 2019/452 of the European Parliament and of the Council of 19 March 2019 establishing a framework for the screening of foreign direct investments into the Union Accompanying the document Proposal for a Regulation of the European Parliament and Councils" SWD(2024) 23 final
16 Agatha Kratz, Max J. Zenglein, Alexander Brown, Gregor Sebastian, Armand Meyer "Dwindling Investments Become More Concentrated, Chinese FDI in Europe: 2023 " MERICS Report June 2024
17 アラン・ビーティー「[FT]EU補助金規制の功罪 中国が念頭、対立の火種も(英フィナンシャル・タイムズ電子版2024年5月9日付)」日本経済新聞電子版2024年5月15日
18 日本貿易振興機構(ジェトロ)調査部「概要スライドEU炭素国境調整メカニズム(CBAM)解説(基礎編)」2024年5月
19 平見健太「これからの国際通商ルール(8) EUが進める対抗措置」日本経済新聞「やさしい経済教室2024年5月6日」