( グリーン・ディール産業計画 )
米国のインフレ抑制法(IRA)に相当するのが「グリーン・ディール産業計画」である。23年2月に政策文書、同年3月には「ネットゼロ産業法(NZIA)」と「重要原材料の安定的確保に関する規則(CRMA)」が提案され、それぞれ24年6月と24年4月に発効した。
2019年12月からのEUの政策サイクルの最終盤での「グリーン・ディール産業計画」策定には複数の要因が働いた。ウクライナを侵攻したロシアによるガスの武器化でグリーン移行の重要性が増したこと、中国に依存するグリーン技術や重要な原材料の武器化のリスクの軽減への意識が高まったこと、さらにIRAがグリーン技術への大胆なインセンティブを盛り込んだことで、欧州から米国への企業の流出への懸念が高まったことである。
( ネットゼロ産業法(NZIA) )
NZIAは、脱炭素化に向けた2030年目標の実現と、EUの産業競争力の強化、質の高い雇用の創出、エネルギー面での自立を後押しするものである。具体的には、太陽光・太陽熱エネルギー、陸上風力・洋上風力、バッテリー・蓄電、ヒートポンプ・地熱エネルギー、電解装置・燃料電池、持続可能なバイオガス・バイオメタン、CO2回収・貯留(CCS)、電力グリッドの8つを「戦略的ネットゼロ技術」とし、これらについて2030年までに域内需要の最低40%相当の自給率の達成を目標とする。CO2回収加速のための目標も設定する。
ガバナンスは、加盟国がCO2削減、競争力、供給の安定に貢献し、商業化に近い技術を含むという条件を満たす「ネットゼロ戦略計画(NZSPs)」を特定し、欧州委員会が進捗状況の監視と効果の評価を行う仕組みをとる。
投資促進のための手段としては、許認可手続き迅速化、民間資金動員のための調整、NZSPs支援のための加盟国とEUの予算の活用、公共調達・入札の活用などを行う
12。
ネットゼロ技術の普及に必要な労働力を教育・訓練するための「欧州ネットゼロ産業アカデミー」の設立、欧州委員会と加盟国間の協議と情報交換、国境を超える企業間の交流促進の枠組みとなる「ネットゼロ欧州プラットフォーム」の設立、実証実験を促進するための「規制のサンドボックス」の設立などもカバーされている。
加盟国によるNZSPsへの支援のため、22年3月にエネルギー危機対応のために導入し、その後、修正、延長してきた「国家補助の一時的・危機移行枠組み(TCTF)」の適用条件を「グリーン・ディール産業計画」に合わせる形で修正し、25年末まで、加盟国は、戦略的機器の製造、関連する重要な原材料の製造・リサイクルのための投資の支援を認める。欧州委員会の24年5月30日付の資料
13によれば、TCTFの枠組みの活用は23年末を期限とするエネルギー危機対応が占めていたが、23年秋以降、移行対応の事例が加盟国に広がっている。
12 「持続可能性と強靭性」の基準を設け、EU域外国原産の機器の利用割合が高い入札を不利な取り扱いとする。但し、国内技術と外国技術のコストの差が10%以上の場合は適用されないことから、あまり大きな意味を持たない可能性がある。
13 European Commission List of Member State measures approved under temporary crisis transition framework,30 May 2024