コラム

ディリクレの箱入れ原理

2024年07月03日

(植竹 康夫) 保険計理

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大学受験数学で知る人ぞ知る「ディリクレの箱入れ原理」というものをご存知だろうか。別名「鳩の巣原理」とか「引き出し論法」とか、呼び方もさまざま。習ってないけど誰もが使える、そんな不思議な「ディリクレの箱入れ原理」について取り上げたい。
 
私の「研究員の眼」第一弾として、私の好きな大学受験数学からテーマを選んでみた。なぜ学校では習わないのか、習わないのになぜ使用可能なのか、論理的思考力のひとつであろう「現象を数理的裏付けによって説明する能力」を具体化したかのようなこの原理を皆様にも味わっていただければ幸いである。

◯ディリクレの箱入れ原理とは

ディリクレの箱入れ原理は非常にシンプルな原理で、

『5つの飴を、4つの箱に入れたら、2つ以上飴が入っている箱が少なくとも1つは存在する』

という原理である。
突然「飴」「箱」と言い出したので「え?」と思う方も多いと思うが、まずは受け入れていただいて、これがどのような状況なのかを確認してみよう。
 
4つの箱に飴を入れていく、ひとつ目は特に何も気にせず入れれば良いだろう。2つ目の飴は「すでに飴が入っている箱」か「まだ空の箱」のどちらかに入れることになる。「すでに飴が入っている箱」に入れるのであれば、この箱が「2つ以上飴が入っている箱」となる。
こうならないように「まだ空の箱」を狙って飴を入れていくとしよう。2つ目、3つ目、4つ目までは「まだ空の箱」があるのでうまくいくが、最後の5つ目を入れる際には「まだ空の箱」は無くなっており、どうしても「すでに飴が入っている箱」に入れざるを得ない。そして「2つ以上飴が入っている箱」がやはり出来上がる。
もちろん、同じ箱に飴が全部入る場合もある。「飴が5個入っている箱」がひとつと「空の箱」が3つという形だ。この場合も「飴が5個入っている箱」が「2つ以上飴が入っている箱」となる。

状況が理解できただろうか。おそらく「当然じゃないか」と思ったのではないだろうか。そう、当然だからこそ「あえて習わないけど使って良い」という特殊なポジションにある原理なのだと筆者は理解している。
 
なお、5つの飴・4つの箱としたが、もちろんこの原理はもっと拡張され、

『1以上の自然数nに対して、n+1個の要素を、n個のグループに分けた時、少なくとも2つ以上の要素を持つグループがひとつ以上存在する』

が成り立つ。

では、これを用いると何か良いことがあるのだろうか。次節から具体例を見ていこう。
具体例 (1)
一辺が10メートルの正方形の的がある。ここに弾丸を101発打ち込んだ時、最も近い弾痕の距離は1.5メートル以内であることを示せ。ただし101発とも的に命中したものとする。
 
ディリクレの箱入れ原理の使い所はわかるだろうか。
ポイントは「101発」の弾丸だろう。「n+1の弾丸とn個の箱を作ってあげる」という見方をすれば、的を100個の箱に分けてみたくなる。

一辺10メートルの正方形の的を一辺1メートルごとに目盛りを入れ、一辺が1メートルの正方形100個にわけたとしよう。この小さな正方形が「箱」となる。
ディリクレの箱入れ原理によると、どこか一つの小さな正方形には少なくとも2つ弾痕が存在するはずである。その小さな正方形に着目する。

正方形内(辺上も含む)の2点間の最大距離は対角線を結んだ√2メートル(=1.414メートル)なので1.5メートルより近くなる。ディリクレの箱入れ原理を用いれば、100いくつの弾痕と向き合わず、条件を満たす2点を見れば済むし、説得力も増すというのがポイントと言える。
 
ではもう一題見てみよう。問題の趣旨を理解するのも少し手間があるかもしれないが、問題の抽象度が増せばディリクレの箱入れ原理による説明力も増すということが伝わるかと思う。
具体例 (2)
「1以上の任意の整数nに対し、n+1桁以下の、次の特徴を持つ数字の集合がある。

『10の位以上のある桁以上の桁の数字は全て「5」で、その桁未満の桁の数字は全て「0」である』

この時、そのような数字の集合のうち、少なくとも一つはnの倍数であることを示せ」
 
nを4としてみよう。5桁以下の整数の集合で、上記の性質を満たすものを列記すると
以上の10個の数字が該当する。

これらの数字のうち4の倍数であるような数が存在しているのは明らかだが、nが特定の数字でないときにも成り立つことを示さないといけない。仮にnが7や13のような素数であっても、はたまたどんな大きなnであっても必ずこの性質を満たす、というのが問題の趣旨である。
 
ここまで自由度が増すと、どこから取り掛かれば良いか悩ましくもなる。そこで役に立つのがディリクレの箱入れ原理である。解答例を書くには余白が足りないため省略するが、受験数学が好きな人はぜひ解いてみてほしい。(解答例は次ページへ)
 
今回は「学校では習わないのに受験に出てくるディリクレの箱入れ原理」をテーマに、研究員の眼として数学を学んできた者の視点を紹介した。ご好評いただければまた同様のテイストでご紹介したいと思う。

保険研究部   主任研究員・気候変動リサーチセンター兼任

植竹 康夫(うえたけ やすお)

研究領域:保険

研究・専門分野
保険計理・保険会計

経歴

【職歴】
2007年 日本生命保険相互会社入社
2024年 ニッセイ基礎研究所

【加入団体等】
・日本アクチュアリー会 正会員
・年金数理人

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