米国経済の見通し-景気は緩やかに減速、12月利下げ開始を予想

2024年06月10日

(窪谷 浩) 米国経済

2.実体経済の動向

(労働市場、個人消費)労働市場、個人消費は緩やかに減速
前述のように非農業部門雇用者数の増加ペースが減速する中、求人数は24年4月が806万人と21年2月以来の水準に低下した(図表10)。さらに、求人数と失業数の比較では失業者1人に対して求人数が1.2とコロナ禍前(20年2月)の水準まで低下しており、労働需要は低下している。

もっとも、失業率は24年5月が4.0%と23年4月の3.4%からは上昇しているものの、18年3月以来の水準を維持しており、過去の水準と比べて依然として労働需給の逼迫は続いている。

また、時間当たり賃金(前年同月比)は24年5月が+3.8%と22年3月につけたピークの+5.9%からは低下したものの、労働需給の逼迫を背景にFRBの物価目標と整合的な賃金上昇率とみられる+3%台半ばの水準を引き続き上回っている(図表11)。また、賃金・給与に加え、給付金を反映した雇用コスト指数も24年1-3月期が前年同期比+4.2%と時間当たり賃金同様、物価目標と整合的な水準を上回っている。
労働市場は累積的な金融引締めの影響もあって今後も労働市場の減速が続くとみられ、労働需給の緩和から、賃金上昇率は緩やかな低下が見込まれる。もっとも、賃金上昇率の低下は緩やかに留まっており、FRBの物価目標と整合的な水準に低下するには暫く時間を要するだろう。
一方、個人消費に関連して個人所得と個人消費のデータを用いて推計される累積の過剰貯蓄額は、21年には1.9兆ドルに増加して個人消費を下支えしたものの、24年1-3月期は▲3,650億ドルと23年10-12月期以降はマイナスに転じており、個人消費の下支え効果は剥落している。

前述のように個人消費は足元で減速しているが、今後も労働市場の減速を背景に可処分所得の伸び鈍化が見込まれるほか、累積過剰貯蓄の下支え効果剥落などもあって、今後も個人消費の減速が持続しよう。

当研究所はGDPにおける実質個人消費(前年比)は23年の+2.2%から24年は+2.2%と前年並みの伸びを維持した後、25年は+1.6%へ低下を予想する。24年の四半期ベースの伸びが23年を明確に下回る一方、通年ベースでは24年が23年並みの伸びを維持するのは23年10-12月期の個人消費が堅調となったことによるプラスのゲタの影響が大きい。
(設備投資)緩やかな回復基調が持続
実質GDPにおける24年1-3月期の設備投資は前期比年率+3.3%(前期:+3.7%)と前述のように前期から小幅な低下に留まった(前掲図表7、図表14)。建設投資が前期比年率+0.4%(前期:+10.9%)と前期から大幅に伸びが鈍化したものの、設備機器投資が+0.3%(前期:▲1.1%)とプラスに転じたほか、知的財産投資が+7.9%(前期:+4.3%)と伸びが加速したことが大きい。

一方、設備投資の先行指標であるコア資本財受注(3ヵ月移動平均、3ヵ月前比年率)は4月が+1.0%(前月:+0.9%)と小幅ながら4ヵ月連続でプラスを維持しており4月以降も設備投資の回復が続いている可能性を示唆している(図表13)。
また、大企業の今後6ヵ月の設備投資計画に関する調査(指数)では、24年1-3月期は77.8(前期:62.1)と大幅に上方修正されており、今後も設備投資の回復が続く可能性を示唆している。

設備投資を取り巻く環境は、商工ローンの貸出基準厳格の動きが続いているなどの悪材料はあるものの、12月以降は金融緩和政策への転換もあって資金調達コストの改善が見込まれる。この結果、設備投資は25年にかけて成長率は低下も、緩やかなプラス成長が持続すると予想する。

当研究所は実質GDPにおける設備投資(前年比)が通年では23年の+4.5%から24年に+3.3%、25年に+1.7%と予想する。
(住宅投資)住宅ローン金利の高止まりが重石も金融緩和政策への転換に伴い回復へ
実質GDPにおける住宅投資は、3期連続のプラス成長となったほか伸びが大幅に加速した。主に不動産仲介手数料や戸建ての住宅の建設が増加したことが大きい。もっとも、住宅着工件数(3ヵ月移動平均、3ヵ月前比年率)は24年4月が▲21.5%(前月:▲19.5%)と2ヵ月連続で2桁のマイナスとなったほか、先行指標である住宅着工許可件数(同)も▲5.0%(前月:▲1.4%)と2ヵ月連続でマイナスとなっており、住宅投資は足元でマイナス成長に転じた可能性が高い(図表15)。
一方、住宅ローン金利(30年)は23年10月に一時8%近い水準まで上昇した後、低下に転じて23年末から24年2月上旬にかけて6%台後半で推移していたものの、足元は7%近辺で推移しており、高止まりがみられる(図表16)。

また、住宅ローン金利の上昇に伴い米抵当銀行協会(MBA)が公表している住宅購入目的の住宅ローン申請件数(90年3月を100とする指数)は足元が138台と1995年以来の水準に低迷するなど、住宅需要は弱い。住宅市場は住宅ローン金利の高止まりから当面は厳しい状況が続くとみられる。このため、実質GDPにおける住宅投資は、24年4-6月期から2期連続でマイナス成長に転じるとみられる。もっとも、FRBによる金融緩和政策への転換もあって住宅ローン金利は25年にかけて低下が見込まれるため、住宅投資は、24年10-12月期以降再びプラス成長に転じよう。

当研究所は実質GDPにおける住宅投資(前年比)が23年の▲10.6%から24年が+3.7%、25年も+3.1%と小幅ながらプラス成長を維持すると予想する。
(政府支出、債務残高)25年度以降の財政運営は流動的
24年度(23年10月~24年9月)の予算審議は歳出法案12本のうち、農業、商務・司法・科学、エネルギー・水資源、内務・環境、軍事建設・退役軍人等、運輸・住宅投資開発省(HUD)の6本が3月8日に、残る国防総省、金融サービス・一般政府、国土安全保障省、労働・保険社会福祉・教育、立法府、外交・国務等の6本の歳出法案が3月22日に成立した。この結果、24年度の裁量的経費の合計額は災害対策などを含まないベースで1兆5,900億ドルと23年6月に成立した財政責任法が規定する上限に一致する金額となった。また、24年度には緊急要件、災害対策、山火事対策などで合計540億ドルが計上されており、それらを合わせた裁量的経費の合計額は1兆6,440億ドルとなった。

さらに、議会はバイデン大統領の要求に沿う形でウクライナ向け支援(608億ドル)、人道支援を含むイスラエル向け支援(260億ドル)、台湾などインド太平洋支援(81億ドル)など総額960億ドル相当の緊急予算を4月24日に成立させた。
一方、バイデン大統領は3月11日に予算教書を発表したことで、25年度の予算編成作業がスタートした。予算教書では25年度の歳出総額を7兆2,660億(前年度見通し:6兆9,410億ドル)とした一方、歳入総額は5兆4,850億ドル(前年度見通し:5兆820億ドル)とし、歳出は前年度比+4.7%増加する一方、歳入はそれを上回る同+7.9%の増加を見込んだ。この結果、財政赤字は▲8,160億ドル(前年度見通し:▲9,710億ドル)と前年度から縮小するほか、名目GDP比でも25年度は▲6.1%(前年度見通し:▲6.6%)と前年度から縮小する方針が示された(図表17)。

歳出面では児童税額控除の拡充、就学前教育の拡充、住宅や家賃に関する負担軽減策が盛り込まれた一方、歳入面では法人税率の引上げ(21%→28%)、富裕層に対する増税などが盛り込まれた。

また、25年度の裁量的経費は財政責任法では国防費が8,952億ドル、非国防費が7,107億ドルの合計1兆6,059億ドルと前年度比+1%となる上限が設定されている。予算教書ではこの金額をベースに緊急要件、災害対応など上限額の算定で組み入れられない金額を420億ドル、本来は緊急要件などに組み入れられるべき金額がベース予算として計上された分の調整額232億ドルを含めた1兆6,710億ドルが裁量的経費として計上されている。

一方、予算教書では増税による歳入増などの効果によって財政収支(GDP比)は25年度の▲6.1%から34年度の▲3.9%へ改善が見込まれており、現行の予算関連法が継続することを前提としたベースラインシナリオの34年度財政収支の▲5.2%に比べて1.3%ポイントの赤字縮小を見込んでいる(図表17)。

また、債務残高(GDP比)は23年度の97%から34年度の106%と29年度以降は安定推移することが見込まれており、34年度のベースライン予想の117%に比べて11%ポイント低い水準が見込まれている。

もっとも、現在がねじれ議会となっていることから予算教書に盛り込まれた増税案が可決することは見込み難く、予算教書に沿った予算が成立する可能性は低い。

さらに、24年の大統領選挙でトランプ氏が再選される場合にはバイデン政権の財政政策から大幅に軌道修正される可能性が高く25年度以降の財政運営は流動的である。とくに、トランプ氏が実施した17年の税制改革で25年末までの時限措置となっている個人所得減税や基礎控除等を恒久化するその場合には財政状況は悪化する可能性が高く、34年度の債務残高(GDP比)は131%に上昇することが見込まれる。ただし、11月の大統領選挙結果やトランプ政権2期目の財政政策については依然不透明な点が多く、経済見通しにはこのような政策変更は織り込んでいない。

当研究所は実質GDPにおける政府支出(前年比)予想について、23年の+4.0%から、24年に+2.3%、25年に+0.5%へ低下することを予想する。

経済研究部   主任研究員

窪谷 浩(くぼたに ひろし)

研究領域:経済

研究・専門分野
米国経済

経歴

【職歴】
 1991年 日本生命保険相互会社入社
 1999年 NLI International Inc.(米国)
 2004年 ニッセイアセットマネジメント株式会社
 2008年 公益財団法人 国際金融情報センター
 2014年10月より現職

【加入団体等】
 ・日本証券アナリスト協会 検定会員

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