マクドナルドの「サラダマックの失敗」をご存じだろうか?マクドナルドは1987年にサラダの提供を開始すると
1、2003年にはメインディッシュとしてサラダをメニューに加えたり、2013年以降セットの選択肢にサラダやフルーツも取り入れている
2。こうした背景には顧客の「健康志向」があり、マクドナルドが行ったアンケートでは「もっとヘルシーなメニューも増やしてほしい」という声がたくさん挙がったからだそうだ。実際にマクドナルドはサラダやフルーツの他に、卵白を使用したサンドイッチ、グリルチキンラップ、全粒粉を多く含むハンバーガーバンズなど、よりよいメニューバランスを選択肢として提供していたが、サラダ類の売り上げは全体の2~3%に過ぎなかったという
3。ファストフードの顧客は確かに健康的な選択肢を求めており、そのニーズが業界全体でサラダやオレンジスライスなどがメニューに追加される流れを生んだが、顧客がメニューでそれらを求めていたからといって、必ずしもそれらを食べたいと思ったわけではなかったのである
4。
そもそも、マクドナルドが健康志向なメニューを取り入れる背景には、社会的責任を強く意識しているからである。つまり、自社の商品が消費者の健康関連行動に大きな影響を与えていることを自覚しているからこそ、例えば子供の肥満削減キャンペーンや脂肪、塩分、糖分が少ないメニューを提供することで消費者に健康"も"意識してもらい、消費者の健康に対する社会的責任を果たそうとしたのである
5。当時のマクドナルドのCEOドン・トンプソンも「社会的責任」と「売上げ」によるジレンマを強調している。
日本マクドナルド株式会社においても消費者ニーズを反映し、2006年に「サラダマック」が販売された。これは、アンケートやインタビュー調査で「ヘルシーなメニューが少ないので導入してほしい」「サラダを入れてほしい」といった声が上がることが多く、それを実現する形で市場に導入された。しかし、消費者の声を形にしたのに、売り上げは振るわず、すぐに販売終了となった
6。サラダマックがマーケティングの失敗のケーススタディとして扱われる背景には、マクドナルドがなぜ消費者に求められているか、という本質と、消費者の合理的に行動するべきという意思との間にギャップが存在し、消費者は必ずしも合理的には行動しないことが露呈した顕著な例だからだ。2012年当時の日本マクドナルドホールディングス株式会社 代表取締役会長兼社長兼CEOの原田泳幸は、講演の中で消費者が求めているのは、ハンバーガーやビッグマックといった「(マクドナルド)らしさ」であり、
"リサーチをすると、「サラダを置いて欲しい」という声が必ず出てくるそうですが、実際には多く売れることはないそうです。多くの消費者は、マクドナルドにサラダを期待しているわけではないからです"
と話している
7。
ヘルシーなモノを食べたいのならばサラダ専門店や自身で栄養を管理できる自炊を行えばすむわけで、我々がマクドナルドに求めているのは「肉々しさ」「ジャンキーさ」「手軽に素早く腹を満たせる」ことなのだ。それでは、そのような「らしさ」を求めて我々は、マクドナルドを選択しているのにもかかわらず、なぜ「マクドナルドでヘルシーなモノを食べたい」と思ってもないことを言ってしまうのだろうか。これは、行動経済学の「システム1 と システム2」という理論が関係している。システム1は「直感」、システム2は「論理」に基づいて情報を処理することで、我々はそれぞれを場面場面で使い分けているという。マクドナルドに足を運ぶ際のシチュエーションは人それぞれ異なるだろうが、概ね「普段食べ慣れたあの味が食べたい(嗜好)」「新商品が気になる(興味)」「時間がないから手早く食べたい・疲れてるからカロリーが高いモノが食べたい(状況)」という心理が引き金になっていると思われるが、この際に注文を決定づけている、ひいてはマクドナルドに行くことの引き金になっているのは「欲求」そのものであり、思考して選択するよりも感情(直観)によってメニューやマクドナルド自体が選択されていると言えよう。もちろん、メニューの前で何を食べたいか悩むこともあるだろうが、それは食べたいモノの選択肢が多いから悩むわけであり、マクドナルドに来てカロリー計算や栄養素を確認する人の方が稀であろう。
一方で、アンケートやインタビューに回答する際、我々は、「〇〇するべきだ」という合理的でかつ理想的な行動を念頭に置いて回答する傾向がある。つまり、このような状況では、「ファストフードは栄養価が低くてカロリーが高いからもっとヘルシーで健康的なモノを食べた方がいい」と、回答することが理想的な消費者像であると考えているわけだ。消費者は何が健康的で、何が健康的でないかわかっている。それでも、健康という側面から見れば非合理なファストフードを好んで食べているのである。言い換えれば、ファストフードにヘルシーメニューがあった方がいいという回答は、非合理的な選択を改善するために消費者がすべき合理的な手段を、非合理的な行動をとっている消費者自身が回答しているのである。これは社会的容認バイアスとも呼ばれ、我々はこのような調査で回答する際に、他人から好意的に見られる方法で質問に答えようとする傾向があり、自身の行動や本音とは裏腹に、その回答における社会的望ましさを予測し、回答してしまうのである。その問いにおける倫理的な(社会的な)最適解や理想像を選んでいるともいえる。
マクドナルドの「サラダマックの失敗」とは、この"実際の消費行動"と"消費者アンケートとして回答する際に明るみになった消費者の考える合理性や理想"との間にギャップが生まれ、アンケート結果が市場性(売り上げ)に反映されないことを意味するわけだ。