図表3の国際比較では金融市場における為替レートでのドル換算データ(以下、実勢レート換算と呼ぶ)を利用しており、名目GDPの推移は対ドル実勢レートの動きに左右される。実際、ドル建て名目GDPにおける短期的な上下変動は実勢レートの変動による部分も少なくない。ドル円レートは21年平均では1ドル110円だったが23年平均には141円となり、2年で21.5%の通貨安が進んでいる。そのため、円建て金額が一定でもドル建て金額は2割以上減る。同期間にユーロも8.5%安となったが、その差は大きい。
一方、市場の為替レートは、ビックマック指数に代表されるように、必ずしも2か国・地域の物価水準を等しくするように調整される訳ではない
2。ビックマックに限らず、モノやサービスを総合して見た時にこうした購買力の差が生じないような為替レートを(絶対的)購買力平価と呼ぶ。名目GDPの金額が大きければ、それだけ多くのモノ・サービスが生み出されていることを意味するが、経済規模を比較する上では、実勢レートの金額の比較ではなく、どれだけの量のモノ・サービスが生み出されたか(買われたか)という観点から、購買力平価による比較も良く利用される。
例えば、日本の年収300万円は実勢レート(1ドル141円)で換算すると米国の年収2.1万ドルに相当するが、購買力平価(1ドル90.616円、IMFの評価)で換算すると、3.3万ドルに相当する。つまり、300万を日本で使えば米国における3.3万ドル並みのモノやサービスを購入できるので、日本における300万のモノ・サービスは、米国の3.3万ドルのモノ・サービスに相当するという観点で比較していることになる。
主要国の名目GDPをこの購買力平価ベースで比較したものが図表4である。購買力平価換算では、実勢レート換算と異なり名目GDPの水準は短期的に振れることはなく、日本・ドイツともに名目GDPは緩やかに右肩上がりで成長している
3。購買力平価換算でも近年はドイツの名目GDPが日本に接近しているが、実勢レート換算と異なり、日本を追い抜いてはいない。
なお、購買力平価による換算では、低所得国の名目GDPが実勢レートと比較して大きくなりやすいという特徴がある(「ペン効果」と呼ばれる)
4。こうした効果もあり、00年に中国が、09年にはインドが日本を抜いている。インドネシアやロシアの名目GDPも実勢レート換算と比較してかなり高く推計されている点も特徴である。
1 具体的にはアルゼンチン、オーストラリア、バングラデシュ、ブラジル、カナダ、中国、コロンビア、コンゴ民主共和国、エジプト、エチオピア、フランス、ドイツ、インド、インドネシア、イラン、イタリア、日本、ケニア、韓国、メキシコ、ミャンマー、ナイジェリア、パキスタン、フィリピン、ロシア、サウジアラビア、南アフリカ、スイス、台湾、タンザニア、タイ、トルコ、英国、米国、ベトナム。また、IMFの経済見通しは24年1月に一部の国の成長率について更新データが公表されたが、種々のデータベースは更新されていないため、本稿では23年10月時点のデータを用いる。
2 英エコノミスト社の調査では、23年7月時点におけるビックマックの値段は日本で450円、米国で5.58ドル、ユーロ圏で5.28ユーロ、スイスで6.7スイスフラン、台湾で75台湾ドルである。23年7月の実勢レートは1ドル141円、1ユーロ157円、1スイスフラン161円、1台湾ドル約4.53円であり、これでそれぞれの国・地域のビックマックの値段を円換算すると、米国で787円、ユーロ圏で829円、スイスで1079円、台湾で339円となる(ちなみに、調査対象のうちスイスが最高値、台湾が最安値である)。日本では1000円で2個のビックマックが買えるが、米国やユーロ圏では1個のビックマックしか買えず、スイスでは1個も買えないことになる。つまり、同じ1000円でも日本では多くのモノ(ビックマック)が買えるため、1000円の購買力は日本では大きいと言える。換言すれば、日本の物価は安いということになる。
3 ただし、購買力平価換算の上昇は、必ずしも量的な増加を示している訳ではない。量的な増加(実質GDP上昇率)に、米国の物価上昇率が上乗せされている。理論的には、購買力平価(1ドル当たりの自国通貨レート)=自国物価/米国物価と計算であるから、購買力平価換算の名目GDP=名目GDP/購買力平価(1ドル当たりの自国通貨レート)=名目GDP×米国物価/自国物価=実質GDP×米国物価となる。つまり購買力平価換算の名目GDP伸び率≒実質GDP伸び率+米国物価の伸び率と計算できる(ただし、購買力平価で使用する物価と実質GDP換算で用いる物価が異なる場合など、厳密に一致するわけではない)。
4 モノやサービスのうち、サービス(非貿易財)価格には人件費(賃金)水準が反映されやすく、また、低所得国では実勢レート換算した賃金が高所得国と比較して低くなる傾向がある。そのため、低所得国の実勢レートで換算した物価全体は、高所得国と比較して安くなりやすい。逆に、購買力を保つ為替レート(購買力平価)は、実勢レートと比べて低所得国の通貨価値を高く評価しやすい。