1|訴状の骨子
以上、訴状の内容を大幅に省略してまとめると以下の通りである。
(1) Amazonは膨大な販売者が存在することと、送料無料やビデオストリーミングサービスなどを提供するPrime会員制度によって顧客を囲い込んでいる。Prime会員を含む顧客のほとんどはBuy Boxから商品を購入する。
(2) 販売者はBuy Boxを獲得するために、Prime適格になる必要があり、そのためには保管・運送サービスであるFBAを利用する必要があり、複数のオンラインストアで販売する販売者の保管・配送サービスの効率化を阻害し、販売者のコストを上昇させた。また他のオンラインストアでAmazon以下の価格で販売しないことが事実上要請され、これに違反するとBuy Boxからの排除などのペナルティを受けるため、販売者はこれに従わざるを得ない。
(3) Amazonは市場で独占力を有しており、上記(1)(2)の結果、価格競争が阻害された結果、市場全体の商品価格が上昇し、消費者に被害を及ぼした。
2|検討
論点はたくさんあるものの、中心的な課題、すなわち、Buy Box獲得のために他のオンラインストアよりも安価な価格を維持するよう要請し、独占を構築・維持している点に絞って検討する。
(1) 各国における最恵国待遇の取扱い
本訴訟を理解するためには、まず最恵国待遇(most favored nation、MFN)条項の問題性を認識する必要がある。MFN条項とは巨大なプラットフォーム提供者と第三者小売業者の間で締結する契約において、当該プラットフォーム以外で当該プラットフォーム以下の価格で販売しないことを約するものである
36。
EUでは、このような行為はプラットフォーム間の競争を制限し、ひいては消費者が利用できるオンライン販売仲介サービスの選択を制限するとして、デジタル市場法で、指定された巨大プラットフォーム提供者について禁止している(5条3項)。
日本ではデジタルプラットフォーム透明化法で、指定されたプラットフォーム提供者が最恵国待遇を求める場合には、その内容と理由を商品等提供利用者に開示しなければならないとされている(規則6条)。日本では明示的に禁止とされてはいないが、市場における有力な事業者であるプラットフォーム提供者が最恵国待遇を求める場合においては、取引事業者で「自由な判断によって個別的に決定すべきものを拘束」することになり
37、拘束条件付き取引として不公正な取引方法12項に該当し、違法となる可能性がある
38。
米国ではAmazonのMFN条項に関して、コロンビア特別区法務長官室は2021年5月25日に反トラスト法違反としてSuperior Court of the District of Columbiaに提訴した
39。この判決が2022年3月18日に出ており、特別区側の主張を棄却したものになっている(2022年判決)。2022年判決に対してはコロンビア特別区が棄却命令の撤回申立てを行っている
40。
2022年判決時において、AmazonはMFN条項の適用を既に廃止し、新しい契約ではAmazonでの価格がその前後で提供された他のオンラインストアでの価格より大幅に高くなることを禁止しているにとどまっていた。2022年判決からは必ずしも明確ではないが、契約上MFN条項が存在しないことがシャーマン法違反ではないとしたとの判断につながった大きな要素になったものと考えられる。そうすると本訴訟において問題となるのは、MFN条項が原則として存在しない中で、最安値を事実上強制した行為にシャーマン法違反あるいは不公正競争行為が認められるかということである。