日本株の“伸びしろ”

2023年11月06日

(井出 真吾) 株式

日本取引所グループは、今年3月に上場企業(プライム市場、スタンダード市場)に要請した「資本コストや株価を意識した経営」の実施状況をとりまとめた。プライム市場に上場する3月決算企業1,235社について、コーポレートガバナンス報告書や中期経営計画書などで開示された内容を集計したものだ(図表1)。
 
具体的な取組みを記載した企業は20%、「検討中」が11%で、両者を合わせても31%に過ぎない。4月以降、株式市場では自社株買いや増配を発表した企業の株価が大きく上昇するなどして話題になったが、全体の7割が何も開示していないのは意外と少ない。
時価総額別・PBR水準別にみると(図表2)、時価総額が大きい企業ほど開示率が高い。また、全ての時価総額区分でPBRが1倍未満の企業のほうがPBR1倍以上の企業よりも開示率が高い。ただ、開示率が最も高い時価総額1,000億円以上かつPBR1倍割れの企業でも開示率は45%と半分に満たない。
 
そもそも東証の要請は期限を区切っていないうえ、正式要請からまだ数ヶ月しか経過していないので、上場企業の対応は道半ばと考えてよいだろう。今後、取り組みを公表する企業が増え、市場の活性化も進むと想定される。中長期的な日本株の"伸びしろ"は大きい。
もちろん課題はある。まず、全体の取組み推進を継続し、決して"喉元過ぎれば・・・"にしないことだ。特に、時価総額が大きい企業は株式市場や株価指数への影響も大きく、重要性が高い。今回の要請は期限を設けていないものの、海外投資家の日本株に対する期待を繋ぎとめるためにも速やかな対応が求められる。
 
また、図表2でPBR1倍以上の企業の開示率が低いのは、「PBR1倍以上は要請の対象ではない」という誤解もあるようだ。メディア等で「PBR1倍」という数字が独り歩きしてしまったことが、こうした誤解を招いたのだろう。
 
今回の要請は「PBR1倍以上」ではなく、あくまで「資本コストや株価を意識した経営の実現」だ。つまりPBRの水準に関係なく、プライム市場とスタンダード市場に上場している全ての企業が対象だ。要請の主旨を正しく理解してもらえるよう、一層丁寧な説明が必要になる。
 
さらに上場企業側からは「専門知識が足りない」という声もあり、何らかのサポートが必要だ。特に専門知識を持つ機関投資家の積極的な協力が大事になる。
市場活性化策は始まったばかり。短期的に実施可能な株主還元の他にも、IRやESG強化による資本コスト低減、収益力向上など時間は掛かるが取りうる手段は複数ある。

金融研究部   主席研究員 チーフ株式ストラテジスト

井出 真吾(いで しんご)

研究領域:医療・介護・ヘルスケア

研究・専門分野
株式市場・株式投資・マクロ経済・資産形成

経歴

【職歴】
 1993年 日本生命保険相互会社入社
 1999年 (株)ニッセイ基礎研究所へ
 2023年より現職

【加入団体等】
 ・日本ファイナンス学会理事
 ・日本証券アナリスト協会認定アナリスト

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