5|供給網再編でも中国依存度は減らず、コストが上昇するリスク
中国リスクの軽減策として、EUの政策は「ニア・ショアリング」の指向が強いが、米国のイエレン財務長官が提唱した友好国に拠点を移す「フレンド・ショアリング」や、ASEANやインドなどに分散する「チャイナプラスワン」も関心を集めている。
日本企業も動き出している。植田日銀総裁は、8月下旬に開催された「世界経済の構造変化」をテーマとするカンザスシティ連銀主催シンポジウム(ジャクソンホール会議)のパネルディスカッションの講演で、「生産拠点を、中国からASEAN、インド、そして北米へと多様化する動きが生じている」、「国内の生産能力を増強する計画を持つ日本企業が増えている」と説明した
36。
中国における産業の集積と高度化に大きく貢献したのは、西側企業を中心とする外国からの直接投資(FDI)であり、日本などの西側企業が果たした役割は大きい。西側企業の姿勢の変化は、中国の産業集積に影響を及ぼすことになるだろう。
しかし、原材料や製品等の調達先の切り替えや投資姿勢の変化が、直ちに、中国リスクの軽減につながるとは限らない。Li, Meng and Wang (2019)が、中国の世界貿易機関(WTO)加盟以前の2000年と加盟後の2017年の国際産業連関表の比較分析から明らかにしたとおり、中国はグローバルなバリューチェーンで中核的な役割(ハブ機能)を果たすようになっている。ASEANと中国は、中間財供給のハブとして深く結びつく「ファクトリー・アジア」を形成している。中国は単なる「工場」ではなく、欧州のハブのドイツ、北米のハブの米国とともに、GVCにおける「スーパーパワー」としての役割を果たす、「ファクトリー・アジア」の中核である。中国リスクの軽減策としての「チャイナプラスワン」には限界があると思われる。
代表的な英米の経済メディアが、相次いで、米国の対中国戦略が狙い通りの成果を上げていないとの趣旨の記事を掲載
37した。ジャクソンホール会議で、「グローバルサプライチェーン」に関する講演を行ったハーバード大のローラ・アルファロ氏も、供給網の「大再配置」は必ずしも中国リスクの削減にはつながらず、輸入価格の上昇につながり得ることを示唆した
38。
G7が対中国のデリスキングの方針で一致しても、ASEANなどを中国依存度の引き下げへと動かせる訳ではない。この点も、対ロシアでの経済制裁と類似する点だろう。米国が主導するインド太平洋経済枠組み(IPEF)に、ASEANからより多くの参加国を得るために、中国への対抗色の意味合いを帯びた「価値観の共有」というトーンを抑えたことが象徴するように、ASEANは米中対立で中立を維持したいと考えている
39。米国は、半導体規制では製造装置メーカーを擁する日本、オランダの同調を得ることはできたが、同じ手法を同盟国ではないASEANにまで求めることには限界があろう
40。まして、米国が離脱した環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定(CPTPP)への復帰すら望めない状況では、ASEANは地域的な包括的経済連携(RCEP)でつながる中国に傾斜しやすくなる。
中国からインドを中心とする南アジアへの供給網のシフトにも限界がある。この問題を論じたWignaraja(2023)は、中国からのシフトを促す要因として、米中対立、西側の対中国デリスキング戦略、中国のコスト上昇や法律の適用や政策の不透明感を挙げた上で、現時点で生産拠点として中国のような条件が揃う国はなく、「供給網のシフトはコストが非常に高くなる」と断じている。中国の産業集積を支えるのは「高度に熟練した規律正しい労働力、大きなスケールメリットが享受できる巨大工場、殆どの中間財に対応できる下請け業者とサプラーヤーの緻密なネットワーク、沿海地域の現代的な経済特区、世界クラスの物流と効率的なコンテナ港、魅力的なインセンティブと補助金」
41である。インドが、中国に替わる、あるいは中国に並ぶハブとなるためには、これらの要件を満たすような改革の推進で成果を上げることが必要と言う。中国の産業集積は、改革開放以来、長い時間をかけて形成されたものである。中国の成長が鈍化し、政策の不確実性が高まっているとは言え、南アジアが一気にキャッチアップし、受け皿となることは難しいと思われる。
(以下、「後編」に続く)
36 「カンザスシティ連邦準備銀行主催シンポジウムパネルセッション:「変曲点にあるグローバリゼーション」 における講演の抄訳(8月26日、於・米国ワイオミング州ジャクソンホール)」23年8月28日。ASEAN、インドへのシフトについては、地政学的考慮だけでなく、現地需要の増加も背景にあり、国内の生産能力増強も、海外生産能力を犠牲にした増強ではないと説明している。
37 「米中経済の「切り離し」 実行の難しさ浮き彫り」The Wall Street Journal 日本語版 2023年7月24日(原文は" Untangling the U.S. From China’s Economy Is Messy"及び「米の対中規制、想定外の負の影響(The Economist)」日経電子版2023年8月15日(原文は"Joe Biden’s China strategy is not working" The Economist, Aug 10th 2023)
38 Alfaro and Chor (2023)。米国の中国からの直接輸入は減少、ベトナム、メキシコなど代替先からの輸入が増加していることは、フレンド・ショアリング、ニア・ショアリングの進展を示す動きだが、これらの国々の中国からの輸入の急増、中国からの直接投資が増加している事実を挙げ、供給網の中国依存度の低減につながっていないことを示した。また、ベトナム、メキシコからの輸入価格は上昇しており、効率的な供給網を見直すことがコストの増加につながることが示唆された。
39 野木森(2023)
40 Poli (2023)では、半導体製造装置輸出規制に関わる米国の要請にオランダが同調したことについて、オランダとEUの「技術主権」を守る取り組みと位置づけつつ、貿易の協調への招待なのか、23年6月に最終合意した新たなEU規則(図表2)が定義する「経済的威圧」に相当するのかは不明としている。
41 Wignaraja (2023) p.15