22年8月24日に教育省はコロナ禍による低・中所得層への経済的打撃に対処するため一度限りの債務減免措置として、前述のHEROES法を根拠に個人年収が12万5,000ドル未満、または世帯年収が25万ドル未満の場合に連邦学生ローン受給者に上限1万ドル、さらに連邦政府による給付奨学金であるペル奨学金を受給したことがある場合には追加で1万ドルの合計最大2万ドルの学生ローン債務を減免する大規模債務救済措置を発表した。
バイデン政権は同措置によって連邦学生ローン受給者の4,000万人以上が債務減免の効果を得られるとしており、このうち、およそ2,700万人が2万ドルの債務免除を受けられるほか、およそ2,000万人がローン残高の全額を減免されるとの試算を示している。
一方、同措置はHEROES法がこのような規模の学生ローン残高を減免する権限を教育省長官に委任したのか否かをめぐる議論を呼び起こし、同措置に反対する訴訟が全米で提起された。このうち、2つの訴訟
4では政策の実施を阻止する裁判所命令を獲得したため、教育省は現在に至るまで同措置に基づく連邦学生ローンの債務免除を実行できていない。また、これらの訴訟を連邦最高裁が受理したため、最終的な判断は連邦最高裁に委ねられた。
23年6月30日、連邦最高裁は教育省長官による債務免除はHEROES法が定める権限を逸脱しており、違憲との判断を示した。連邦最高裁の判断ではHEROES法が規定する「適用されないまたは修正することができる権限」の範囲が焦点となった。連邦最高裁はHEROES法によって債務免除することは、長官がHEA第IV編を全面的に書き換えることを許すことになると判断した。また、HEROES法は法規制条項の非適用のみを認めており、HEAには被貸与者に学生ローンを返済する義務を科す具体的な条項がないため、そのような条項の非適用はあり得ないと判断した。
一方、連邦学生ローンは、前述のように20年3月以降返済が猶予されてきたが、23年6月にバイデン政権と共和党が合意した債務上限引上げを25年1月まで不適用とする「財政責任法」に返済猶予措置を8月末で終了することが盛り込まれた。このため、新型コロナ対策として実施されてきた返済猶予措置は間もなく終了する。最高裁の違憲判決で大規模債務救済措置がとん挫する中で連邦学生ローンの返済再開が中低所得層の消費に与える影響が懸念されている。
バイデン大統領は学生ローンの債務免除を選挙公約としてきたことから、今回の決定は24年に実施される大統領選挙で再選を目指す上で痛手となった。同大統領は引き続き返済免除を目指す方針を示しているが、現状では代替案は提示されておらず、今後の動向が注目される。
4 共和党が優位なアーカンソー州、アイオワ州、カンザス州、ミズーリ州、ネブラスカ州、サウスカロライナ州が22年9月に共同で「権力分立」と「行政手続法」に違反しているとしてバイデン大統領を訴えた訴訟(バイデン対ネブラスカ)、返済免除の対象とならない2人(マイラ・ブラウンとアレクサンダー・テイラー)が対象の拡充を求めた訴訟(教育省対ブラウン)。