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硬貨による決済への対応
前項でも述べたが、図表9でも示されているように、商品単価の低い業態に対して消費者はキャッシュレス決済の利用に積極的ではないという傾向がみられる。店舗側がキャッシュレス化に積極的かどうかに関わらず、「キャッシュレス決済利用躊躇」の領域や「キャッシュレス決済低利用」の領域では消費者がキャッシュレス決済を使用しない傾向がみられるのである。消費者のキャッシュレス化に対するニーズが小さければ、コストメリットが相対的に厳しくなる商品単価の低い店舗サイドにおいてもキャッシュレス化する動機付けは低くなる。
この背景として「キャッシュレス決済によるポイント還元額が小さいため、高額決済の領域と比較してメリットが小さく感じられる」「低単価の領域で主に使用されている電子マネーの最低チャージ額が一般的な硬貨よりも高く設定されている
13」「キャッシュレス化の進展に応じて、財布の中の硬貨を減らす手段が店舗や自動販売機での支払いに限られてきている」などの事情が考えられる。
特に「キャッシュレス化の進展に応じて、財布の中の硬貨を減らす手段が店舗や自動販売機での支払いに限られてきている」ことについて、この2年間くらいで硬貨をキャッシュレス化する民間サービスが急速に縮小している。2022年1月17日よりゆうちょ銀行ではATMにて硬貨を用いて預け入れや振込をする際に、枚数に応じた手数料がかかるようになった。例えば、ATMで預け入れをする場合、硬貨の種類に関わらず、1~25枚で110円、26~50枚で220円、51~100枚で330円の手数料が課されるようになった。ゆうちょ銀行による硬貨手数料の導入直前には、硬貨の預け入れに関する一定の駆け込み需要が発生し、ゆうちょ銀行のATMが故障するといった事態も生じた。
特に消費者の単価が1,000円以下で硬貨での支払いが多いような店舗では、このような金融機関による硬貨手数料の導入は追加的な現金取扱コストとして無視できないものとなる。現時点では、枚数制限が設けられている場合はあるものの、ATMでの預け入れについては無料で受け付けている金融機関があるため影響は限定的だが、硬貨の取り扱いにかかるコストを憂慮して、客単価の低い業種・業態でもキャッシュレス化が進展する可能性がある。
金融機関以外でも硬貨をキャッシュレス化するサービスから徐々に撤退・縮小する動きがみられるようになってきている
14。硬貨の取り扱いによってシステム障害が頻発することで、サービス事業者にとって1回あたりのサービスから得られる収益がインフラ整備にかかる費用に見合わないことが根本的な課題になっている。
このように、硬貨をキャッシュレス化するようなサービスでは規模の経済が働きにくいため、1件当たりの決済にかかるインフラ維持コストが相対的に高くなり、低単価の決済に対して利便性の高いサービスが提供されにくいといった問題点が考えられる。硬貨をデジタル化する民間のサービスは急速に縮小しており、市場の失敗を是正するような対応策が政府に求められるかもしれない。例えば、韓国では中央銀行が「コインレス社会を実現する」として、現金で決済した際のおつりを店舗カードのポイントかICカードに返金する仕組みを導入したが、日本においても参考になるかもしれない。
13 電子マネーでは10円からチャージ可能なサービスがあるものの、おおよそ500円や1,000円をチャージ最低額としているサービスが一般的である。
14 例えば、日本円硬貨を電子マネーに交換するサービスを提供していたポケットチェンジ社は、日本円大量投入による障害急増に起因して、2022年1月27日より当該サービスの提供を終了し、外貨のみの取り扱いに限定した。