23年2月1日、EUの欧州委員会は「グリーンディール産業計画」を公表した。ネットゼロ技術と持続可能な製品のEU域内の製造能力の拡大を支援するものである。
計画は、(1)規制環境の改善、(2)金融アクセスの迅速化、(3)労働者のスキルの強化、(4)公正な貿易の促進の4本の柱からなる。
うち、IRAとの関係で特に注目されるのが、(2)に盛り込まれた補助金をより積極的に活用する方針である。EUは、域内の競争を歪めるとして、加盟国による補助金を原則禁止してきたが、20年3月にはコロナ対応のためルールを緩和した。コロナ対応の緩和措置はすでに終了しているが、22年3月からは、ウクライナ侵攻による脱ロシア産化石燃料の加速やエネルギー価格高騰策への対応のためにルールを緩和している。さらに、「グリーンディール産業計画」では、25年末までの時限措置として、グリーン移行に必要な技術力や生産能力向上を目的とする投資のための補助金のルールを緩和する。
この他、国家補助の適用対象外とする「欧州の共通利益に適合する重要プロジェクト(IPCEI)」
10の認定基準を合理化、簡素化し、新規の投資プロジェクトの迅速化を狙う。
さらに、中期的な措置として、欧州委員会は23年夏までに、EUとして資金を調達し、加盟国がネットゼロ技術への投資需要を満たすための補助金として活用できる「欧州主権基金」を提案する方針である。
産業計画の公表に先立ち、フォンデアライエン欧州委員会委員長らがIRAへの懸念を表明していたことから、計画をIRAへの対抗措置として打ち出し、米欧間の補助金合戦がエスカレートすることが懸念されていた
11。
結果として、政策文書では、パートナー国におけるネットゼロ産業支援を「心強い兆候」とするなど、IRAへの対抗措置というトーンは薄められ、「中国の不公正な補助金と長期にわたる市場の歪曲」への対抗措置という位置づけになった
12。米国の善処への期待や米欧の対立は中ロを利するだけとの判断があったのかもしれない。
10 複数のEU加盟国が戦略分野の新技術に資金提供を行っている大規模プロジェクト。欧州委員会の政策文書(European Commission ‘A Green Deal Industrial Plan for the Net-Zero Age’ COM (2023) 62 final, 1.2.2023)によれば、これまでにマイクロエレクトロニクスで1件、バッテリーで2件、水素で2件の認可事例があり、バッテリー、水素での追加案件や太陽光、ヒートポンプなどの新規認可が見込まれている(10~11頁)。
11 米国の政策が誘発する補助金競争を懸念する論考として ‘The destructive new logic that threatens globalisation’ The Economist, Jan 12th 2023。ジャナン・ガネシュ「[FT]保護主義、西側の敗北招く 中ロと同じ土俵でよいか」(2023年2月1日、日経電子版)は、戦略的と位置付ける産業が拡大する可能性を指摘、西側が保護主義に傾倒することは、中国やロシアにイデオロギー面において譲歩することに等しいと指摘する。
12 前掲2ページによれば、米国のIRAの2032年まで3600億ドル以上の動員、日本の最大20兆円のGX経済移行債のほか、インドや英国、カナダなど計画に言及し、「これらすべてのパートナーとより大きな利益のために協力することを約束している」とする一方、「中国は長期にわたってEUの2倍の補助金を供与」し「5カ年計画の優先課題としてクリーン技術のイノベーションと製品に補助金を供与」しており、「2800億ドル相当のクリーン技術投資が予定されている」ため、欧州とそのパートナーは不公正な補助金と長期にわたる市場の歪曲と戦うために、より多くのことをしなければならない」とした。
加速し複雑化する供給網を巡る駆け引き