1――はじめに
近年、人工知能の発展が著しく、特にOpenAI社が開発したChatGPTの出現が社会に大きな影響を与えようとしている。これまでのものと比べて性能が著しく上がっていること、それでも未だ間違った情報を出力することも多いことから、活用の是非や限界について議論が盛り上がっている。その中でAIの危険性を危惧する声も多く聞かれる。これまでの人類の発展は新技術の開発によってなされたものであり、その都度、危険性を乗り越えて来たものである。AIについても同じように乗り越えていくことで、更なる発展が見込める。
そこで本稿では、ChatGPTのような汎用性の強いAIの操作についてマン・マシン・コミュニケーションとの違いから、AIを用いるにあたって重要な点について述べる。
2――機械と人とのコミュニケーション
2――機械と人とのコミュニケーション
1|コミュニケーションにおける情報の動き
コミュニケーションについて松尾は図-1に示すモデルを用いて説明をしている
1。コミュニケーションとは単なる言語の意味の理解だけではなく、その主体の背景に基づいた理解が必要であることを示している。具体的には既有知識である「命題的知識」、「スキーマ」と「メンタルモデル」、「手がかり情報」によってメッセージの送受信を行い理解している。「命題的知識」はメッセージについての意味を理解するための知識である。例えば、単語や文法、非言語行動等が何を指すかなどが当てはまる。「スキーマ」は対象についての背景知識のことを指し、それぞれのスキーマごとの理解についての仮説を「メンタルモデル」と呼ぶ。また、文脈や周辺環境のことを「手がかり情報」と呼ぶ。
以下の文章について、どのように理解するだろうか。
A「水をください。」
この文章を読んで、化学式H2Oで表される液体である「水」を渡すことが求められていることは分かるであろう。このような判断が出来るための知識が「命題的知識」である。さらに水を求めている状況を考えるとしよう。「水分補給」、「水やり」、「洗車」、「実験」等のような状況が数通りは考えられる。この時、車を持っていない人は「洗車」をする状況を、化学実験を経験していない人は「実験」という状況は思い浮かばないであろう。このように状況を思い浮かべるための知識が「スキーマ」である。それぞれの状況で必要な「水」は異なる。「冷たい飲み水」、「常温の飲み水」、「水道水」、「純水」などの仮説が挙がるであろう。このそれぞれの仮説を「メンタルモデル」と呼ぶ。これらの仮説の中から正解の「水」であるか決定しコミュニケーションを行うのである。しかし、先ほどの文章だけではどれが正しいかの判断は出来ないであろう。次に発言者の設定を追加する。
(夏の暑い日に、汗をかいている)A「水をください。」
このように設定が追加されることで発言者は「暑さによる喉の渇きを潤したい」と考えており、先ほどのメンタルモデルから「冷たい飲み水」を求めている可能性が高いという判断が出来るようになる。この時の設定条件のように入力されたメッセージ以外の情報のことを「手がかり情報」である。このようにコミュニケーションにおいては、様々な既有知識を用いて判断していることが分かる。これを図示すると図-2のように表せる。
このように、コミュニケーションでは様々な知識をもとにメッセージの理解を行っている。コミュニケーションを円滑に行うにはこれらの知識が共有されていることが必要となる。
2|マン・マシン・コミュニケーション
人がボタンを押すなどの行動がメッセージとして送られる。それに対して機械がメッセージを判断し、何かしらのアウトプットを行う。機械を操作することは機械と人とのコミュニケーションであり、人と機械のコミュニケーションは人と人のコミュニケーションモデルとは形が異なる。入力されたメッセージに対して決まったルールでのみ、アウトプットを行うものであるため、メッセージの送受信時の判断が命題的知識のみであり、コミュニケーションモデルは図-3のように表される
1。
3――AIと人とのコミュニケーション
1|AIの能力の発展
人工知能学会の設立趣意書によるとAIは「大量の知識データに対して、高度な推論を的確に行うことを目指したものである。2」としている。
近年、話題となっているChatGPTは会話形式でやり取りが出来るAIツールである。文章を入力すると回答が文章でアウトプットされる。その文章の自然さや能力の高さから大きく話題になっている。大量のデータのインプットに加えて、強化学習を行っていることが能力の飛躍的な発展につながっている。さらに、文章でのやり取りを行うことにより入力も出力も自由度が増している。それによって、リアルなやり取りを行える一方で、適切な結果を出力させるためにChatGPTへの指示、すなわちChatGPTとのコミュニケーションが複雑になっている。
2|ChatGPTと人とのコミュニケーションモデル
先述の通り、ChatGPTでは大量のデータをもとに入力メッセージを理解し、出力するメッセージを決定する。決まったルールに基づいて行う既存のマン・マシン・コミュニケーションとは異なるものである。大量のデータで学習したものから、入力されたメッセージに対して当てはまるものを選び出し回答するという流れであるが、大量の情報を学習しているため、回答として当てはまる可能性があるものが複数存在する可能性がある。適切な回答をするためには、その中から最も当てはまる可能性の高いものを選択することが必要になる。これは命題知識を活用し、スキーマを作成し、メンタルモデルによる仮説を立て、その中から正解を選ぶという流れと大きく異なるものではない(図-4)。このことから、ChatGPTとのコミュニケーションは図-1で示した対人コミュニケーションと同じモデルによって行われていると考えられる。そうであるとすると、ChatGPTを活用する際には対人コミュニケーション能力が必要になるのではないか。
3|ChatGPTの回答の正確性を高めるために
ChatGPTが回答を生成する際には、対人コミュニケーションと同じモデルでコミュニケーションが行われていると考えることが出来るが、実際にChatGPTを活用してみると、人とのコミュニケーションと同じようにとはいかない。
例えば、手がかり情報は周辺環境など様々なものが含まれており、人は五感を用いてその情報を得ている。一方、ChatGPTでは文字情報(一部、画像入力も可)でしか認識することが出来ない。そのため指示するための文だけでなく、周辺情報や個人の状況についても文字に落とし込み説明することが必要になる。その他にも、利用者の個人の特性を理解することも難しいことや大量のデータがあることから間違った情報を学習している可能性が高くなることなどが挙げられるであろう。
対人コミュニケーションについて考えてみても、同じような状況はありえることである。メール等の文字でのコミュニケーションであれば、必要な情報は文字で伝えることが必要であるし、初対面の相手であれば自分の特性を知らないであろう。また、相手が必ずしも正しいことを言っているという保証もない。このように考えるとChatGPTの回答の正確性を高めるためには、やはり対人コミュニケーションの側面もあると考えて向かい合うことが必要なのではないであろうか。
4――まとめ
4――まとめ
本稿ではChatGPTの利用する場面について、コミュニケーションモデルに当てはめると、対人コミュニケーションと同じような形であると考えられることから、ChatGPTの活用のためには、対人コミュニケーションの能力が必要であることを述べた。また、ChatGPTの課題であるとされている点に関しても対人コミュニケーションにおいて考えられる状況であることについても述べた。
今後、ChatGPTのような汎用性の高いAIの開発は止まることはないであろう。近い将来、AIを使いこなすことが出来るかが評価のポイントになることは避けられない。これまでの新技術に対しては「使い方」が重要であったかもしれないが、AIの汎用性が高くなるにつれて「伝え方」が重要になってくるのではないか。そのために求められることは特殊なものではなく、対人において伝えることと近いものになっていくのではないか。実際、AIは人の行うことを出来るようにすることが理想であることを考えるとこれは自明であるとも言える。AIの発展にともない、対人コミュニケーション能力がさらに求められるようになると予想される。
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