コラム

分数について(その3)-既約分数に関する話題-

2023年04月25日

(中村 亮一) 保険計理

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はじめに

分数という概念は、小数の概念とは異なり、古代エジプトの時代から使用されていた。ただし、その使用のされ方は、現在とは必ずしも同様なものにはなっていない。

今回は、分数を巡る話題について、5回に分けて報告することにしているが、第1回目は、その定義、起源、表記法等について、第2回目は、連分数について、述べた。今回は、既約分数に関する話題について、述べることとする。

既約分数とファレイ数列

規約分数(irreducible fraction」というのは、分子と分母が1以外の公約数を持たない整数である分数、のことを指している。

ファレイ数列(Farey sequence」は、既約分数を順に並べた数列である。自然数nに対して、nに対応するファレイ数列Fn(あるいは次数nのファレイ数列Fn)とは、分母が n 以下で、 0 以上 1 以下の全ての既約分数を小さい順から並べてできる有限数列、を指している。 ただし、整数 0, 1 はそれぞれ分数  0/1、1/1として扱われる。ファレイ数列という名前は、イギリスの地質学者ジョン・ファレイ(John Farey Sr.)(1766-1826)に因んでいる1

このファレイ数列Fnは、いくつかの興味深い性質を有している。

(1) その定義からFn+1で新たに現れる分数の分母はn+1となるが、これらは隣接することはない(これは、1≦k≦nに対して、k/(n+1)<k/n<(k+1)/(n+1) となることによる)

(2) 2つの分数  p/q、r/sが、あるファレイ数列で隣接している場合、この 2つの分数の間に新たな分数が加わるのは、次数 q + s のファレイ数列においてであり、それは  p/q、r/sの中間数(mediant)と呼ばれる分数(p + r)/(q + s)となる。

不思議に思われるかもしれないが、こうして作成されていく中間数は、常に既約分数で、しかも全ての既約分数がちょうど1回だけ現れてくる。

(3) あるファレイ数列で、2 つの分数  p/q、r/sがこの順で隣接している場合、その差は
(qr – ps)/qs となるが、この時 にqr-ps = 1 となる。逆に、もし 0 ≦ p/q < r/s ≦ 1 であるような負でない整数 p, r と正の整数 q, s に対し、qr − ps = 1 が成り立つならば、p/q と r/s は、次数max {q, s} のファレイ数列において隣接している。

具体的に、nが1から8までのファレイ数列Fnは、以下の通りとなっているが、上記で説明した事実が確認できると思う。
 
1 ジョン・ファレイ Sr.(John Farey Sr.)(1766-1826)は、英国の地質学者で、これらの数列について、1816年に雑誌に論文を掲載したが、それ以前の1802年に、フランスの数学者シャルル・アロ(Charles Haros)が同様の結果を発表していた。また、ファレイは、ファレイ数列の各項が、隣接する数の中間数になると推測したが、その証明は与えておらず、それはフランスの数学者オーギュスタン=ルイ・コーシー(Augustin-Louis Cauchy)(1789-1857)によってなされている。

スターン=ブロコット木

スターン=ブロコット木(SternBrocot tree)」は、0 =0/1 と便宜的な無限大の表現である1/0から始めて、中間数を作成していくことで、 0 以上の既約分数列を作り上げていく構造を示すものとなっている。スターン=ブロコット木は、1858年にドイツの数論者Moritz Stern 、1861年にフランスの時計職人Achille Brocotによって、それぞれ独立に導入された。Brocot は、スターン=ブロコット木を使用して、ある値に近い滑らかな数の比率を見つけることで、ある望ましい値に近い歯車比を持つ歯車のシステムを設計した。
範囲 (0,1) の有理数を含むスターン=ブロコット木の左側の部分木は、「ファレイ木(Farey Tree」と呼ばれ、先に述べたファレイ数列(上図の場合、F1からF5及びF6からF8の一部)を作り出すものとなっている。

フォードの円

フォードの円(Ford circle」C(p/q)というのは、任意の既約分数p/qに対して、「中心が平面座標(p/q,1/2q2 )にある半径1/2q2の円」のことを指している。フォードの円の名称は、1938年にこれについて言及したアメリカの数学者Lester R. Ford(1886-1967)に由来している。

これらの円は全てx軸に接している。また、異なる2つの既約分数に対する2つのフォードの円は、互いに交わらないか接しているかのいずれかとなる(下図を参照)。

隣接する分数のフォードの円は接している。逆に、C(p/q)(0<p/q<1)に接するフォードの円は、ファレイ数列において隣接している分数のフォードの円になる。2つのフォードの円C(p/q)とC(r/s)は、|qr-ps|=1の場合にのみ接し、それ以外の場合には交わらない。

オイラー関数

自然数nが与えられた時に、nを分母、m(n未満の自然数)を分子とする真分数(即ち、分子が分母より小さい分数)のうちの既約分数の個数(即ち、別の言い方、あるいは本来的な定義からは、nと互いに素な1以上n未満の自然数の個数)を「オイラー関数」、「オイラーのφ関数」あるいは「オイラーのトーシェント関数(Euler's totient function)」と称して、φ(n)又はφ(n)で表す。

即ち、
具体的には、φ(n)の1から20までの値は、以下の通りとなる。

1, 1, 2, 2, 4, 2, 6, 4, 6, 4, 10, 4, 12, 6, 8, 8, 16, 6, 18, 8・・・

オイラー関数の性質

オイラー関数については、以下のことが成り立っている。

nの素因数分解が、pkを素因数、ekをそれに対する次数として、
nの素因数分解が、pkを素因数、ekをそれに対する次数
となる。また、
が成り立つ。ここで、d | n は d が n を割り切ることを意味しており、上記式は、全ての自然数は、その約数のオイラー関数の合計値に等しくなる、ことを表している。

具体的には、以下のような具合である。

φ(20)=φ(1)+φ(2)+φ(4)+φ(5)+φ(10)+φ(20)
   =1+1+2+4+4+8
   =20

ファレイ数列とオイラー関数の関係

また、n番目のファレイ数列の長さを|Fn|とすると、その定義に基づいて、容易に確認できるように、|Fn|は以下の式で与えられる。
この具体的な値を示す公式はないが、オイラー関数の性質から、その値はほぼ以下の値になることが知られている。

フォードの円とオイラー関数

フォードの円について、分母を限りなく大きくしていった時に得られる全てのフォードの円の総面積がどのような数値になるのか、気になる人もいると思われる。これについては、全てのフォードの円(ただし、慣例として、0/1に対する円は除く(あるいは、先のフォードの円の図が示しているように、1×1の正方形の中に含まれている半円部分のみを考慮している、といえるかもしれない))の面積の和は、先のオイラー関数及びリーマンのゼータ関数を用いて、以下のように表される。
具体的にはこの値は0.87程度となる。

ファレイ数列と連分数展開の関係

さて、ファレイ数列と前回の研究員の眼で説明した連分数との関係について、以下のことが知られている。

p/qがファレイ数列Fqで初めて現れる分数で、連分数展開2
を持つならば、Fqでp/q に接する2つの分数のうち、値が近い方の分数(これは、分母がより大きな方となる)の連分数展開は
となり、もう一方の隣接する分数の連分数展開は
となる。
 
2 下記の連分数展開の表記法については、前回の研究員の眼「分数について(その2)-連分数に関する話題-」(2023.4.18)を参照していただきたい。

その他の話題

最後になってしまったが、実は基本的で重要な話を述べておく。

任意の有理数は分母が正の既約分数として一意に表現される。これは素因数分解の一意性から証明される。

この事実は、√2等が無理数であることの証明に使用される。

最後に

今回は、分数を巡る話題のうち、既約分数に関する話題について、述べてきた。

ファレイ数列は、無理数の有理数近似を見つけるのに非常に便利なツールであり、各種の研究における計算の複雑さや最適性を特徴付ける上において利用され、洗練された効率的な計算方法を提供している。

いずれにしても、今回の内容は、知られている事実を述べることが中心で、その証明等については触れていない。それでも、小中学校で学んだ既約分数という概念だけを取り上げても、結構興味深い話題があることを知っていただいて、関心を抱いていただければと思って紹介することにした。

次回は、分数が日常生活や社会でどのように使われているのかについて、述べることとする。
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