しかし、「銀行同盟」は、預金保険という3本目の柱を欠いたままだ。2本柱の構築のための法制化作業は、2012年6月のEU首脳会議常任議長(当時)による提案、同月のユーロ圏首脳会議での合意から、法制化までにおよそ2年という短期間で進展した。他方、欧州預金保険制度(EDIS)に関する議論は、コロナ禍、ロシアによるウクライナ侵攻とエネルギー危機など、環境の激変への対応を迫られたこともあって、欧州委員会による当初の提案(2015年11月)から数えると、8年近く、議論が停滞したままとなっている。
2本柱の法制化は、銀行と財政の信用危機の連鎖を断ち切る必要性と2014年5月に欧州議会選挙を控える時間的な制約に後押しされた。欧州議会のメンバーと欧州委員会の体制が刷新される前に、法制化に目途をつけるべく、集中的な交渉が行われた。
他方、預金保険に関しては、2014年の改正預金保証スキーム指令(DGSD)による各国制度の調和の途上にある。その内容は、(1)保護される預金の上限を銀行ごとに預金者一人あたり10万ユーロとする、(2)払い戻しの期限を段階的に短縮し、24年1月からは7営業日以内とする、(3)原則として対象預金の0.8%相当を2024年7月までに積み立てる(0.8%より低い目標(但し、0.5%を下回らない)を設定することも可能)、(4)原則として銀行破綻時の預金者への払い戻しのために使用する(厳しい条件を満たした場合には破綻回避のための資本増強や流動性供給等、破綻処理に活用することを認める)などである。欧州銀行監督庁(EBA)のデータによれば、預金保険(DGS)の事前積み立ては進捗しているが、到達点にはなおばらつきがあることが確認できる(表紙図表参照)。
すでに機能している銀行同盟の2本柱も、銀行監督に比べると、破綻処理メカニズムは弱い。24年には100%共有財源となる単一破綻処理(SRF)を活用することになるため、SRMの破綻処理は、3つの条件、すなわち、(1)破綻している、あるいは破綻のおそれがある、(2)他の選択肢では合理的な時間内に破綻を回避できる見込みがない、(3)公共の利益のために破綻処理が必要、を満たす場合とされている。条件を満たさない場合には、国内法による倒産処理が行われる。結果として、銀行同盟の始動後の危機管理では、SRMよりも、各国レベルの対応が優先される傾向が観察される
10。
なお、欧州の金融リスクと市場への影響という観点では、EUの危機管理の枠組みでは、SRMが適用される場合でも、国内法に基づくケースでも、ベイル・インが大原則となる点に留意が必要である。ベイル・インは、EUが原則禁止している国家補助金のルールとの抵触を避けるためにも重要である。公的資金の投入は、SRMの破綻処理が行われる場合で、資本を含む銀行の債務の8%までの「ベイル・イン」の後とする。各国国内法による倒産処理の場合に認められている「予防的資本注入」も、資産超過であることを原則とし、株主と劣後債権保有者が完全に損失を負担した後という順序である。
破綻処理のための基金であるSRFは、2016年から8年かけて預金保険対象金額の1%の積み立てを行われており、積み立ての期限を迎える2024年にはDGSの残高は550億ユーロ、SRFの残高は800億ユーロに達する
11。金額が小さい印象があるのは、損失は、まず銀行内部で損失を吸収し、銀行業界が拠出するDGS、SRFは補完的な役割と位置づけられているためである。
SRFのバックストップの役割は、ユーロ危機対応で常設の枠組みとして創設された欧州安定メカニズム(ESM)が果たすことになっている。新たな機能を盛り込んだ改定ESM条約は、すでに調印済みだが、イタリアが批准手続きを見送っているため
12、発効に至っていない。
EDISについては、超国家的な基金への統合ではなく、既存の各国DGSを維持した上での再保険システムのような形が模索されている
13。議論の進展を妨げてきた不良債権の処理や預金保険の事前積み立ても進展し、条件は整いつつあるのだが、議論に弾みがつく気配はない
14。
各国DGSが相互に補完するメカニズムすら欠いたままであることは、国家の信用力の低下が、DGSへの懸念につながり、単一通貨圏内での低信用国の銀行から高信用国の銀行への預金が流出し、低信用国の銀行が経営危機に陥る潜在的なリスクが残っていることを意味する。
10 黒川(2023)、神江(2020)などに共通する見解である。
11 European Commission "Factsheet: Completing the banking union - Reform of the crisis management and deposit insurance framework (CMDI)", 18 April 2023
12 イタリアの批准手続きの見送りは、SRFのバックストップ機能に関わるものではなく、ユーロ圏国債の集団行動条項(CAC)で債権者の決定を一括して対象債券全体に適用する「一肢方式(single-limb)」を認めることへの悪影響を懸念していることによる。
13 預金保険の一元化は、ドイツなどが各国のDGSの積み立て等の状況にばらつきがあること、不良債権の水準など銀行経営のリスクが異なることから、モラル・ハザードを防止するためにも、過去の不良債権などレガシー・リスクの削減を先行すべきとの立場をとった。Tümmler (2022)は、DGSの制度設計と法的地位の違いに焦点をあて、ドイツのように銀行システムが分散型で業態毎に異なる基金を有するケースでは、貯蓄銀行や共同組合銀行など国内銀行業務に特化し、相対的に低リスクの業態にとって一元化のベネフィットが小さいことも反対した理由と分析している。
14 Panetti (2020)は、銀行の自己資本比率の向上のほか、G-SIBsへの総損失吸収力(TLAC)規制の導入や、TLACと同じ目的を有するEUのMRELのすべての銀行への適用は、モラル・ハザードとレガシー・リスクの抑制に効果的としている。
銀行同盟完成に向けた取り組みは加速するか?