そして2022年は「積極的な財政政策は、パフォーマンスを向上させるため、さらに精確(精准)に焦点を当て、持続可能なものにする」という基本方針を決め、財政赤字(対GDP比)を「2.8%前後」に引き下げ、地方特別債は3.65兆元を維持し、感染症対策特別国債はゼロのままとした。しかし、その全人代後に起きたCOVID-19の広まりとそれに伴う景気失速で、成長率目標「5.5%前後」の達成が難しくなった。そこで中国政府は第14次5ヵ年計画(2021~25年)などの計画に適合し、経済効果が期待できる有効投資の拡大に乗り出し、地方特別債の発行を急いだ。但し、不動産規制を強化したこともあって、インフラ投資の主力財源である地方政府の土地譲渡収入の伸びは鈍く、前年同月時点より1.5兆元ほど進捗が遅れている(図表-5)。そこで中国政府はインフラ基金の設立や政策銀行の貸出枠増加に加えて、8月24日の国務院常務会議では地方特別債を5千億元余り追加発行することを決めた。それでも土地譲渡収入の不足を補えないようなら、「5.5%前後」に少しでも近づけるべく2023年分の地方特別債を年内に前倒し発行することもあり得るだろう。いずれにせよ現在の景気水準は「5.5%前後」を下回った分だけ適正レベルより低すぎる。
したがって、2023年春に開催される全人代では、景気水準を適正レベルに引き上げるべく財政赤字(対GDP比)を「3.0%前後」まで高め、地方特別債も年内に前倒し発行した分を上乗せするのではないかと筆者は見ている。但し、2021年のように持続可能性を重視した財政方針とする可能性も残るため、新首相がどうするか注目したい。
第二に金融政策の方針である。2022年3月に開催された全人代では、「通貨供給量・社会融資総量(企業や個人の資金調達総額)の伸び率が名目GDP成長率とほぼ一致」と前年と同じ基本方針を掲げた上で、「流動性を合理的かつ十分に維持する」と付け加え、景気を支える姿勢で臨むこととなった。そして、預金準備率を引き下げるなど量的な金融緩和を実施し、2022年1-9月期の通貨供給量・社会融資総量は名目GDP成長率(前年同期比6.2%増)を大幅に上回る伸びを示した。
一方、金利の引き下げに関しては慎重姿勢を堅持した。景気を回復させるためには大幅な利下げで不動産市場を刺激するのが最も有効だと中国政府は誰よりも良く知っているものの、バブル抑制を優先してきた。そして「住宅は住むためのもので投機するためのものではない」を旗印に、「不動産を短期的経済刺激の手段としない」という位置づけを堅持し、事実上の政策金利とされるLPR(ローンプライムレート)の引き下げを小幅にとどめてきた。また米国で利上げが加速する国際環境下、米中金利差が広がって人民元が売り込まれる恐れがあったことも、中国政府(含む中国人民銀行)に利下げを躊躇させた要因となった。
筆者は2023年もバブル抑制第一のスタンスを堅持すると見ている。景気を回復させるために「不動産を短期的経済刺激の手段」として使えば、チャイナショック(2015年)のときのようにバブルが急膨張する可能性が高い。そしてそのバブルが崩壊するような事態となれば、習近平国家主席が何より重視する「安定」が脅かされるからだ。但し、米国経済が過度な利上げで失速し長短金利が低下する状況になれば、人民元が売り込まれる恐れもなくなるため、中国にとっては大幅利下げに踏み切る環境が整う。新首相がどうするか注目したい。
第三にゼロコロナ政策の行方である。周知のとおりCOVID-19の感染爆発が世界で初めて起きたのは中国の武漢(湖北省)で、2020年1~2月のことだった。しかしその第1波のあと、中国政府はゼロコロナ政策で感染を抑え込み、新規感染は多くても3百名を超えず、死亡者もほとんど無い状態が2年近くも続いた。ところが、2022年3月に第2波が襲来し、4月中旬には無症状を含めると3万人近い新規感染が確認される事態となり、死亡者も累計600名近くに達した。この第2波に対して中国政府はゼロコロナ政策で臨んだため、中国経済は失速することとなった。
それでは、この度の党大会でスタートを切った新指導部もゼロコロナ政策を堅持するのだろうか。これまでのところウィズコロナ政策に舵を切る見通しは立っていない。しかし、その前提条件は整いつつある。(1)ワクチン接種が34億回を超え、飲み薬の供給にもメドが立ってきたこと。(2)2021年8月に"ダイナミック・ゼロ"と呼ぶようになり、それまでのゼロコロナ政策を軌道修正し始めたこと、(3)感染症対策の第一人者(鍾南山氏)がゼロコロナ政策の長期継続に否定的見解を示したこと、(4)復旦大学などの研究チームが高齢者のワクチン接種率を引き上げ、抗ウイルス療法を推進し、マスク着用など厳格な非医療介入を行なえば、死亡者を平年のインフルエンザで発生する8.8万人程度に抑えられると指摘したこと、(5)そして何より世界のほとんどの国がウィズコロナ政策に移行する中で、中国だけがゼロコロナ政策を堅持すれば"鎖国状態"に陥る恐れがあることである。
但し、いまウィズコロナ政策に移行すれば、インフルエンザ並みに抑えられたとしても9万人近い死亡者を出すことになりかねない。欧米先進国では数々の大波(日本では第8波)を経験し、死亡者急増という修羅場を乗り越えて、防疫と経済活動のバランスが大切との世論が形成されて、ようやくウィズコロナ政策に移行する心構えができた。しかし、まだ第2波の中国ではそうした修羅場を乗り越えた経験が少なく、そうした世論も形成されていない。またゼロコロナ政策を堅持したことで、欧米先進国よりも遥かに少ない死亡者数に抑制できたという誇りや、中国経済を世界に先駆けてV字回復させたという自信が邪魔する面もある。さらに5年に1度のビッグイベント(党大会)を控える重要な時期だったことも、大きな方針転換を躊躇させることとなった。
したがって、党大会を終えて新指導部が発足した今、このままゼロコロナ政策を堅持するのか、それともウィズコロナ政策へ移行するのか注目される。少なくとも検討が本格化することだけは間違いないだろう。その検討に際しては、2022年7月に香港の新たな行政長官に就任した李家超氏が9月下旬に取り組み始めたコロナ規制の段階的緩和が試金石となりそうだ。また、世界保健機関(WHO)がパンミックの収束宣言に踏み込めば、それが中国にとってはウィズコロナ政策へ軌道修正するキッカケとなるかもしれない。経済成長率を大きく左右するだけに、その動向を注視したい。