中央銀行が独立したときには、そのコントロールが問題となる
8。民主主義国家では、公的な組織は、政府・議会の統制下におかれコントロールされることが大原則である(民主的コントロール)。ただしその姿は一様ではなく、独立行政法人のような企業形態等をとる組織には、より広い自主性が与えられる。中央銀行はそもそも、企業形態をとる上、(1)経済の中にあり本来政治とは一線を画すべきこと、(2)政治(政府・議会)が短期的な視点を持ちがちであるのに対して中長期的な視点に立つことから、中央銀行への政治的な関与はより限定的であるべきとなる。
民主主義と並んで、公的主体(権力)をチェック(コントロール)する仕組みが立憲制(権力分立)による相互チェックである。立憲主義は、民主主義と並んで近代憲法の基本原理である。髙橋(2013)では、そもそも立憲制が、民主主義による多数の意思でも侵されない人権等の基本権の保持のためにあることを論じている。
中央銀行と政府について立憲的なチェックの利点は、中央銀行に対して政府からのチェックを働かせると同時に、政府に対しても中央銀行からのチェックを働かせ、権力相互間での牽制を効かせることである。Persson等(1997)は権力分立によって、情報が公開されることで権力分立たるチェック・アンド・バランスが働くことを論じている。中央銀行は、多数の優秀なエキスパートを抱える組織である。その知見を活かして政府の経済政策等全般をチェックすることは国民にとっても利益である。
英国では、インフレ目標を保持できないとき、イングランド銀行総裁が財務大臣に公開書簡を送り財務大臣がイングランド銀行総裁に公開書簡で返信してきた。最近ではその他の政策についても、財務大臣から総裁へ書簡が公開のかたちで送られている。近年、非伝統的な政策運営で、国債が累増し金融政策にも大きな影響を及ぼす国債管理が問題となるが、財政政策について中央銀行から公開書簡で所見を表明することも提案されている(Ball等(2018))。
またこれは、立憲的なチェックと同時に民主的なコントロールでもあるが、スウェーデンのリクスバンク等で行われている専門家による事後的な第三者検証も有効な手段である。リクスバンクでは、マービン・キング前イングランド銀行総裁などによって内部の文書の閲覧、幹部等への面談等の結果を踏まえた報告書が公開され、これに対するリクスバンクの返答も公開されている
9。
民主的コントロールは、これまで行政による規制が中心となってきた。一般に、規制については、事前規制・事後規制の区別があるが、独立性を尊重するためには事後規制が望ましい。また本来は、行政による事前チェックより、司法による事後チェックが望ましい。
また近年、公的セクターのチェックとして重視されてきているのが、情報公開制度である。これについては現在の情報についての「情報公開」とともに、過去の情報を公開する「アーカイブ」も重要である。日銀も政策決定の「議事要旨」「議事録」の公開、総裁記者会見・講演、国会出席など情報開示を充実させてきた。またアーカイブも整備された。なお情報公開においては、公的セクターが自ら情報を公開する「情報提供」と、市民から要求されて情報を提供する「情報公開」とは区別すべきとされる。情報公開は説明責任(accountability)を果たすためとされるが、説明責任とは、市民からの指摘に「申し開き」をすることが本来の趣旨である。そのためには、市民の求めに応じて、都合の悪い情報でも開示に努めることが重要になる。
中央銀行が多機能化すると、金融政策にくらべ情報開示に慎重になる分野が多くなるかもしれないが、情報を極力公開することが、独立性の対価を払うことでもある。また、独立性に関しては、最も重要な部分である政府と中央銀行とのやりとりなども、一定の期間を経て公開されることが望ましい。
8 イングランド銀行の副総裁であったTucker(2018)は、多機能化したイングランド銀行を念頭に、選挙で選ばれない中央銀行が多大な権能を持つことに自ら懸念を示している。
9 King 等(2014 )。なおリクスバンクでは、より最近も新たな第三者検証が公開されている。