4|ドイツの新政権と2022年上半期EU理事会議長国フランスの動き
EUを牽引してきたドイツとフランスは、共にCAIの凍結解除には否定的で、戦略目標実現のための規制強化、通商政策の活用を支持する。
ドイツで21年12月に発足したショルツ政権は、16年にわたる在任期間中に12回訪中するなど、中国への傾斜を強めたメルケル政権に比べて中国に強硬な姿勢を採ると見られている。連立を構成する3党の協定には、メルケル首相が取りまとめに尽力したCAIのEU理事会による承認は不可能としている。連立協定には、南シナ海、東シナ海、台湾海峡に関する記述のほか、「台湾の国際機関への実質的参加支持」、「新疆ウイグル自治区の問題を含む中国の人権弾圧に対してより明確に発言」、「香港の一国二制度の復活を目指す」など、中国政府の反発を招きかねない文言も盛り込まれた
27。外相に、人権問題により厳しい立場をとる緑の党のベーアボック氏が就任したことも、ショルツ政権が中国に対して強硬な姿勢を採るとの思惑につながっているようだ。
ショルツ政権も、EUと同じく中国を「パートナーであり、経済的競争相手であり、体制上のライバル」と位置付けている。中国への過度の依存を是正し、競争条件の公平化を目指すことは優先課題の1つだが、こうした軌道修正は、すでに第4次メルケル政権期には始まっており、非連続的な形で、政策スタンスが厳格化する訳ではない。
ロシアによるウクライナ侵攻は、ロシアとの相互依存関係が安全保障につながるとの期待を打ち砕くものであり、ドイツはウクライナへの武器の供与や国防費の2%への即時引き上げなど歴史的な政策転換を迫られている。エネルギーの脱ロシアも急務であり、対中政策はやや後景に退いている感がある。
フランスは、22年上半期のEU理事会の議長国として「EUの主権の強化」、「新しい欧州成長モデルの構築」、「人道的なヨーロッパ」を3本の柱を掲げた(図表4)
28。「新しい欧州成長モデルの構築」では、水素、バッテリー、宇宙、半導体、クラウド、防衛、健康、文化・クリエイティブ産業での欧州チャンピオンの創出、ルール形成力の発揮を目指す。環境・気候政策の推進とともに競争条件公平化のための2030年の気候目標達成のための政策パッケージ「Fit for 55」に盛り込まれた国境炭素調整措置(CBAM)や、通商協定への環境・社会的要件の組み入れを強化する方針を示していた。
結果として、フランスの議長国の期間中に、ロシアによるウクライナへの大規模軍事侵攻が始まったことで、防衛政策は大きく後押しされることになり、気候変動対策は、エネルギー安全保障政策としても重要度を帯びるようになった。近隣諸国支援では、ウクライナ支援が最重要課題となり、同国とともにEU加盟を申請したモルドバ、ジョージアの加盟問題への対処を迫られた。
中国とのCAIについてはフランスでも早期発効への政治的機運は失われている。マクロン大統領は、CAIの大筋合意に至ったテレビ会談に、ミッシェルEU首脳会議議長、フォンデアライエン欧州委員会委員長、当時の議長国であるドイツのメルケル首相(当時)とともに参加している。メルケル首相の招待によるものとされるが、マクロン大統領も、この時点では、合意を積極的に支持していたと思われる。しかし、合意からおよそ1年後の演説では、CAIへの言及はない。リステール貿易・誘致担当相はメデイアのインタビューで「中国の対応が変わらない限り、批准はできない」との見方を示していた
29。
フランスのマクロン大統領は22年4月の大統領選挙で再選され二期目に入った。外交・安全保障政策の権限を担う大統領の交代によるEU政策の大幅な路線の転換やEUの不安定化といった事態は回避された。しかし、22年6月の国民議会選挙で議会の過半数を失い、国内での政策実行力は大きく低下した。EUにおけるリーダーシップにも影を落としそうだ。マクロン大統領の二期目もEUの戦略的自立を目指す立場は変わらない。ウクライナの復興支援への意欲も高く、同時にロシアに対しては汎欧州の安全保障の立場から、「プーチン大統領に屈辱を与えるべきではない」との姿勢も示しており、ロシアへの脅威認識が強く、一斉の妥協をすべきでないとする中東欧と温度差も垣間見える。