働き方改革と健康経営-労働者の健康改善と生産性向上に繋がる「真の働き方改革」の実施を-

2022年03月25日

(金 明中) 社会保障全般・財源

1――政府が働き方改革と「健康経営®1」を推進
 
政府は人口や労働力人口が継続して減少している中で、長時間労働・残業などの悪しき慣習が日本経済の足を引っ張り生産性を低下させる原因になっていると考え、近年、働き方改革に積極的な動きを見せている。
 
2018年6月29日には「働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律案」、いわゆる「働き方改革関連法」が可決成立し、2019年4月から、「残業時間の上限規制の導入」、「年5日間の年次有給休暇の確実な取得」、「勤務間インターバル制度の導入促進(努力義務)」、「フレックスタイム制の拡充」、「労働時間状況の客観的な把握」等が順次施行されている。
 
政府が働き方改革を実施する大きな理由の一つは、日本企業に残存している長時間労働の慣習を改善するためだ。厚生労働省の「毎月勤労統計調査」によると、日本におけるパートタイム労働者を含めた労働者一人当たりの平均総実労働時間は1993年の1,920時間から2019年には1,621時間に大きく減少した。しかしながら、パートタイム労働者を除いた一般労働者(フルタイム労働者)の平均総実労働時間は政府が働き方改革を実施することにより少し減っているものの、2020年現在1,925時間で、平均総実労働時間(パートタイム労働者を含む)1,621時間と大きな差を見せている。
 
長時間労働は、労働者の疲労回復に必要な睡眠や休養時間を減少させ、重大な健康障害を引き起こす可能性がある。厚生労働省が毎年公表している「過労死等の労災補償状況」から「脳・心臓疾患及び精神障害等に係る労災補償状況」を確認すると、業務における強い心理的負荷による精神障害等に係る労災請求件数は1999年度の155件から継続的に増加傾向であり、2020年度には2,051件まで増加した。また、精神障害等に対する労災補償の支給決定(認定)件数も増え続け、2020年度には608件まで増えている。さらに、自殺者数総数のうち、勤務問題を原因・動機の1つとするものの割合は、2007年の6.7%から2018年には9.7%まで上昇し、最近でも9%台を維持している。
最近は、新型コロナウイルスの感染拡大防止のために奨励したテレワークが長期化することにより、「コミュニケーション不足や孤独感」、「生活リズムの乱れ」、「運動不足」などの影響でメンタルヘルスの不調を感じる人も増えている。その結果、「職場」や「通勤」等に重きを置いた健康経営を含めた従来型の福利厚生制度を「自宅」や「家族」を中心とする制度に少しずつ変える必要性が生じている。経済産業省は、健康経営を「従業員等の健康管理を経営的な視点で考え、戦略的に実践すること」だと定義しており、企業が従業員の健康に配慮することで、従業員の能力を高め、生産性の向上や職場環境の改善に繋がると期待している。
 
1 「健康経営®」は、NPO法人健康経営研究会の登録商標です。

2――ニッセイ景況アンケート調査からみた健康経営への取り組み

2――ニッセイ景況アンケート調査からみた健康経営への取り組み

2021年9月に実施された「ニッセイ景況アンケート調査結果-2021年度調査2によると、健康経営への取組み状況は、「関心はあるがまだ取組んでいない」が45.9%で最も多く、「健康経営優良法人の認定を受けている」と「関心があり既に取組んでいる」は、それぞれ6.6%と8.5%(合計15.1%)にとどまっていることが確認された。
 
また、「健康経営優良法人の認定を受けている」あるいは「関心があり既に取組んでいる」と答えた企業の合計を企業規模別にみると、1000名超の企業が29.2%で最も高く、300名超1000名以下(26.5%)、300名以下(13.3%)の順であり、企業規模が大きいほど、健康経営に取組んでいる企業が多いことが明らかになった。業種別には、製造業(特に「化学(一般化学・石油化学)」26.3%)が15.3%と非製造業の15.0%(特に「金融」29.3%)より高く、地域別には、中国(21.9%)、東海(19.6%)、甲信越・北陸(18.6%)が高いという結果が得られた。
企業規模、地域と健康経営への取組みの関係をクロス集計でみたところ、企業規模と地域による健康経営への取組みの差は有意水準1%で統計的に優位であった。しかし、業種と健康経営への取組みの関係では統計的に有意な結果は得られなかった。
 
2 金 明中・藤原 光汰(2021)「ニッセイ景況アンケート調査結果-2021年度調査

生活研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

金 明中(きむ みょんじゅん)

研究領域:社会保障制度

研究・専門分野
高齢者雇用、不安定労働、働き方改革、貧困・格差、日韓社会政策比較、日韓経済比較、人的資源管理、基礎統計

経歴

プロフィール
【職歴】
独立行政法人労働政策研究・研修機構アシスタント・フェロー、日本経済研究センター研究員を経て、2008年9月ニッセイ基礎研究所へ、2023年7月から現職

・2011年~ 日本女子大学非常勤講師
・2015年~ 日本女子大学現代女性キャリア研究所特任研究員
・2021年~ 横浜市立大学非常勤講師
・2021年~ 専修大学非常勤講師
・2021年~ 日本大学非常勤講師
・2022年~ 亜細亜大学都市創造学部特任准教授
・2022年~ 慶應義塾大学非常勤講師
・2024年~ 関東学院大学非常勤講師

・2019年  労働政策研究会議準備委員会準備委員
       東アジア経済経営学会理事
・2021年  第36回韓日経済経営国際学術大会準備委員会準備委員

【加入団体等】
・日本経済学会
・日本労務学会
・社会政策学会
・日本労使関係研究協会
・東アジア経済経営学会
・現代韓国朝鮮学会
・韓国人事管理学会
・博士(慶應義塾大学、商学)

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