以下、図をベースに議論を進めると、上に「国家」(公共機関)、左側に「コミュニティ」(世帯・家族など)、右側に「市場」(民間企業)が位置しており、それぞれのカバー範囲が「公式か非公式か」「営利か非営利か」「公共か民間か」に分類されている様子を見て取れます。
本コラムの言葉遣いで言うと、右側の「市場」(民間企業)は企業、「公式」はフォーマル、「非公式」はインフォーマルケアなので、以下は言葉を置き替えて議論を進めます。
その上で、細かく見ると、上側の国家は原則として国や自治体によるフォーマルケアになります。一方、左側のコミュニティ、右側の企業は両方とも基本的に民間の領域であり、前者の多くの部分はインフォーマル、後者の大部分は営利に位置しています。近年、重視されている社会関係資本(ソーシャル・キャピタル)に基づく支え合いは左側のコミュニティに位置していると言っていいと思います。
しかし、それぞれの役割は固定的ではありません。例えば、左側のコミュニティ領域では、ボランティア組織がNPO(民間非営利団体)などの法人格を取得し、介護保険事業所の指定を受ければ、フォーマルケアの担い手になることも可能です。
右側の企業についても、社会貢献活動などを通じて、非営利のインフォーマルケアに関与できるし、介護保険事業所などの指定を取れば、フォーマルケアにも参入できます。実際、2000年に介護保険がスタートする際、在宅サービスの分野で営利を目的とした企業の参入が認められており、2020年時点の「介護サービス施設・事業所調査」では、「営利法人(会社)」のシェアは訪問介護で69.8%、通所介護(デイサービス)で70.2%に及んでいます。
このほか、国や自治体の事業体が民営化あるいは民間委託されれば、上の国家(公共機関)から右の市場(民間企業)に動くことになります。
さらに、民間と営利の範疇でも、企業の関与できる余地は大きいと思われます。例えば、先に触れた孤独を感じている高齢者の事例で見た通り、高齢者や障害者などが顧客になる場合、企業の商品やサービスは生活支援の側面を持ちます。福利厚生や企業福祉の観点で実施されている従業員の安全衛生対策とか、健康診断、さらに健康経営のような取り組みについても、民間、営利の範疇に含まれるかもしれません。
どちらかと言うと、ペストフの関心事はコミュニティとか、サードセクター
6と呼ばれている中央の円、協同組合的な組織にあるのですが、以上のように幅広く考えると、企業の役割やカバー範囲は様々な場面で変わり得るし、「福祉サービスは官だけの役割」「民は補完」などと固定的に考える必要はないことになります。
言い換えると、それだけ企業は多くの社会的課題に接しており、ESGの「S」に関しても、それぞれの企業が置かれた状況などに応じて、幅広く考える必要があるのではないでしょうか。
4 ここでは詳しく触れないが、計画経済的な社会福祉の世界に市場機能を導入している点で、「準市場」(Quasi-Market)と呼ばれることもある。準市場と介護保険の関係性については、介護保険20年を期した拙稿の連載コラム「20年を迎えた介護保険の再考」の第6回と第16回も参照。
5 Victor A.Pestoff(1998)"Beyond the Market and State"[藤田暁男ほか訳(2000)『福祉社会と市民民主主義』日本経済評論社]を参照。
6 訳本は「第3セクター」という言葉を用いているが、日本語では官民の共同出資による企業を指すことが多いため、ここでは「サードセクター」という言葉を充てた。