日本においてPRI原則の署名を率先して行った年金アセットオーナーとしては、GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)と企業年金連合会がある。前者が2015年にPRI原則に署名し、ESG投資に注力すると表明したことが、日本での年金によるESG投資拡大の大きなきっかけとなった。GPIFは、多くの国民が加入する国民年金及び厚生年金の積立金を運用するアセットオーナーであり、同様に、公務員や私立学校の教職員などの同種の資金を運用する国家公務員共済組合連合会、地方公務員共済組合連合会(なお、地方公務員共済制度においては、連合会傘下の共済組合などが独自に積立金を運用するものも残っており、厳密には連合会のみが運用主体ではない)、日本私立学校振興・共済事業団の3団体が存在している。被用者年金の一元化を受けて、GPIFと同様に国民年金及び厚生年金の積立金を運用するこれらの団体も、GPIFと同様に、ESG投資へ取組む姿勢を鮮明にしている。
現在のGPIFの投資方針においてESG投資に関する記述を確認すると、『管理運用の方針』(H28.9.30制定;最終更新R2.3.31)の「第3 管理積立金の管理及び運用における長期的な観点からの資産の構成に関する事項」の6番目の事項として"ESGを考慮した投資等"の記述がある。当該箇所の文言は、「管理積立金の運用において、投資先及び市場全体の持続的成長が、運用資産の長期的な投資収益の拡大に必要であるとの考え方を踏まえ、被保険者の利益のために長期的な収益を確保する観点から、財務的な要素に加えて、非財務的要素であるESG(環境、社会、ガバナンス)を考慮した投資を推進するとともに、その効果を継続的に検証していく。
取組が先行している株式運用以外においても、各資産ごとに異なる特性などを踏まえながら、ESGを考慮した取組を進める。」となっており、株式以外の資産も含めて、ESG投資に取組む姿勢を示している。GPIFは、更に気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)への賛同を表明するだけでなく、ESG投資への取組実態などを外部に向けて発信し続けている。早くから専任の担当者を配置していることで、他のアセットオーナーを凌駕するような取組みの蓄積を可能にしている。
毎年8月にGPIFが公表している「ESG活動報告」においては、ESG投資に対する考え方や取組みの実際、更には、採用したESG指数に基づくインデックス運用の運用状況などまで幅広い内容の取組みの状況が公開されている。2021年8月に公表された『2020年度ESG活動報告』の主なコンテンツとしてGPIFが挙げているものは、以下の通りである。
【第一章】ESGに関する取組み
・ESG指数の選定とESG指数に基づく運用
・株式・債券の委託運用におけるESG
・スチュワードシップ活動とESG推進
・指数会社・ESG評価会社へのエンゲージメント
・オルタナティブ資産運用におけるESG
・ESG活動の振り返りと今後について
【第二章】ESG活動の効果測定
・ESG指数のパフォーマンス
・ポートフォリオのESG評価
・ESG評価の国別ランキング
・日本企業におけるジェンダーダイバーシティ
【第三章】気候変動リスク・機会の評価と分析
・気候関連財務情報の開示・分析の構成と注目点
・ポートフォリオの温室効果ガス排出量等の分析
・Climate Value-at-Risk等を用いたポートフォリオの分析
・移行リスクと機会の産業間の移転に関する分析
・SDGsへの貢献を通じた収益機会に関する分析
また、最近の2年に関しては、10月にESG活動報告の別冊として、『GPIFポートフォリオの気候変動リスク・機会分析』を公表しており、TCFD提言に基づく分析結果として、「カーボンフットプリント等の測定、リスクと機会についてのシナリオ分析、炭素社会への移行リスクと機会の産業間の移転に関する分析、サプライチェーン全体の温室効果ガス排出量に基づく分析」等を示し、更に、2020年度分からは、分析対象を伝統資産のみからオルタナティブ資産へも拡⼤している。他の公的年金団体においては、資産規模に圧倒的な差の存在することもあり、ESG投資についての専任の担当者を置くことはなかなか容易ではないと思われるが、緩やかに同じ方向へと向かうことが期待される。
3――ESG投資に取組む意義と足並みの揃わない企業年金