昨今の起債市場を見ると、低金利の長期化とスプレッドの低位安定もあって、投資家にとって魅力的な投資対象を見付けにくい状況にある。金余りの運用環境に浸っている機関投資家は、基本的に"買いたい弱気"の状態にあり、必ずしも債券の購入に対して積極的ではない可能性が高い。そのため、投資家の背中を軽く押すことによって、投資家が積極的な投資姿勢に転じる可能性は高い。資金調達を行う発行体側の立場で考えると、年限の長期化やスプレッドを厚くするといった取組みによって利回りを引き上げることも可能だが、将来時点での償還年限構成を考えると闇雲な長期化は不適切であり、問題の先送りに見えるかもしれない。また、将来の経営責任者から「安易な負債の長期化」と指弾されるかもしれない。一方、スプレッドを厚めにすることも、年限や格付け、業種といった主要な要素から導出される概ねの適正水準から殊更に厚く設定することは、実勢から外れるもので市場の秩序を乱すことにも繋がりかねない。近年、頓に発行頻度の増えているグリーンボンド等のSDGs債については、仮にグリーニアムと呼ばれる割高感はなくても、投資家はESG投資の一環として購入したと説明できることに加え、投資意欲を表明しESG関連債券への投資残高を公表することで、株式だけでなく他の資産においてもESG投資を実践していることを、公表できる有益なツールとしても利用可能なのである。ESG関連という投資商品に付されるラベルは、機関投資家の背中を軽く押すのに適切な存在である。
ESGに関連する債券は、歴史的に見ても、グリーンボンド、ソーシャルボンド等々様々な呼称を持っている。これらは、ICMA(国際資本市場協会)の策定したグリーンボンド原則やソーシャルボンド原則に基づくもので、実際にICMAが策定・公表している原則及びガイドラインには、以下のようなものがある。
Green Bond Principles(グリーンボンド原則)
Social Bond Principles(ソーシャルボンド原則)
Sustainability Bond Guidelines(サステナビリティボンド・ガイドライン)
Sustainability-Linked Bond Principles(サステナビリティリンクボンド原則)
時にESG債といった表現を見ることもあるが、実際には、Gの"ガバナンスボンド"といったものは考え難く、代わりに環境要素に配慮したE(グリーンボンド)と社会活動の要素を意識したS(ソーシャルボンド)に加わる第3の柱は、これまた"S"ではあるが、サステナビリティ要素を意識したものである。実際に、原則まで策定されているのは、グリーンボンドおよびソーシャルボンドの次に、サステナビリティリンクボンドである。したがって、全体をESG関連債券と呼ぶことは決して誤りでないが、実際にはGovernanceよりSustainabilityの方が債券市場で強く意識されており、少なくとも"ESG債"と呼称するのには違和感がある。日本証券業協会も2019年4月に公表した『SDGsに貢献する金融商品ガイドブック』において、"主に国内市場で用いられており、海外市場においてはその限りではない"という注釈を付しているものの、"SDGs債"いう呼称を打ち出している。
なお、SDGs債に関連する債券のラベルは、順次、ますます多様化されており、それはより斬新なラベルを張ることで投資家にアピールしようとしているものと考えられる。"ジェンダーボンド"は、明らかにソーシャルボンドの一種であるし、"トランジションボンド"は全体では必ずしも環境に優しいと言えない企業等が、温室効果ガス排出削減等の取組みを行うプロジェクトにリンクしたものとして発行されており、グリーンボンドを拡大解釈したものと考えられる。また、アジア開発銀行の策定した「海洋保全と持続可能なブルー・エコノミーのための行動計画」に沿ったものとして、海洋保全に関連したプロジェクト向け債券に付された"ブルーボンド"は、単なるグリーンボンドの一種と理解するよりも、サステナビリティボンドに含まれるものと解することが可能である。このように、投資家にアピールするために様々な呼称・ラベルが作られているが、各々が適切な基準に合致することが必要であり、また、資金調達以降もプロジェクトの状況について十分な開示・モニタリングを行われる必要がある。決して環境に優しいだろうといったイメージだけを付与するものであってはならないだろう。
2――SDGs債に投資する意義