本稿の分析結果から、マスクの着用や咳エチケット、手洗いうがい、ソーシャルディスタンスの実施率は7割超、体温計測は3割近くが未実施である実態が明らかとなり、また、全ての感染予防行動において女性が有意な影響を示し、マスクの着用や咳エチケット・ソーシャルディスタンス・手洗い・うがいには基礎疾患の有がプラスの影響、独居状態がマイナスの影響を与える結果が明らかとなった。さらに、体温計測においては、医療・福祉職であることや就学前・義務教育期間中の子どもがいることがプラスの行動を促し、未婚者ではマイナスの影響を与えていることが明らかとなった。
マスクの着用は新型コロナウイルスの空気伝搬における有効な防御効果を発揮し、またエアロゾルなどの空気中に浮遊するウイルスについても吸い込みと空気中への拡散を抑制する効果があると明らかにされている
4。元々、マスクの着用に抵抗がないアジア圏では、日本も含めて新型コロナウイルス感染症の拡大とともに、早い段階でマスクの着用が遂行されたことが諸外国に比べ初期の感染者急拡大を抑えた一要因である可能性がある。
一方で、マスクのウイルス防御効果をみると、不織布マスクを着用した場合には、吐き出し飛沫量が20%、吸い込み飛沫量が30%であるのに対して、ウレタンマスクだと吐き出し飛沫量が50%、吸い込み飛沫量が60~70%となり
5、家庭用に一般的なマスクでも、その種類によっても防御効果が大きく異なることが判明している。また、マスクの上下左右、表裏を正しく確認し、ワイヤーを顔にフィットさせて鼻、頬、あごに密着している状態であるなど
6、マスクの正しい着用方法にも十分に留意をする必要がある。
また、ソーシャルディスタンスの実施についても7割を超える者が実施をしており、他人との距離について注意を払っていることが明らかとなった。ただし本稿の分析は、実測値ではなく、あくまで自身の行動に対する主観的な評価である点には注意が必要である。当人が感染予防行動をとっていると考えていたとしても、2m程度とされる十分な距離がとられていない場合や、2mの距離を確保していてもマスクの着用がない者が咳やくしゃみをした場合には、適切に換気がなされていないとリスクが格段に高くなるからである。なお、このソーシャルディスタンスは個々人の意識の問題だけではなく、屋内屋外施設や人々が集まるイベント会場などリスクが高くなる場所において、間隔をあけることを促す掲示や、整列間隔の目安を示すなどの工夫も非常に重要であることは言を俟たない。
手洗い・うがいについても7割を超える者が実施しているが、洗剤の利用の有無や洗浄時間によって除去されるウイルスの量が変化することが明らかにされている
7。また、発達段階により手指の巧緻性も異なるため、3歳未満などの自身で適切に洗浄がしにくい年齢では保護者や託児・保育機関が補助や指導を実施することが望ましい。また丁寧な手洗い指導が行われている義務教育期間よりも、高校生など自立していると思われる年齢の方が、手洗い時間が短いことや洗剤を使用しないことが報告されている
8ことにも留意されたい。
さらに、今回の多変量解析では、マスクの着用や咳エチケット、ソーシャルディスタンスや手洗いうがいについて女性が男性に比べて、感染予防行動が増加していることが判明した。相対的に女性の方が家事や育児、子育てに係る時間が男性よりも多くなることから
9、これらの感染予防行動を実施する機会が多くなった可能性が推察される。
また、体温計測を除く各感染予防行動において、基礎疾患を有する者の行動が増加していたのは、流行当初から新型コロナウイルスが基礎疾患を有する者に感染しやすく、重症化しやすいという報告がされていたことから
10、感染予防行動が増加したと考えて差支えないであろう。さらに、独居者は同居状態にある者に比べて、感染予防行動が増加していなかったのは、相互に感染させる相手がいない状況であるために、本調査2021年1月から感染予防行動を増やす必要がなかったことが影響していると考えられる。
最後に、体温計測について、医療・福祉職にある者はそれ以外の業種と比べて増加していたが、職業柄、感染予防行動について実施する習慣が身についていることが影響を及ぼしたと考える。また、就学前・義務教育期間中の子どもをもつ者についても、教育機関側から感染予防対策の一環として検温と風邪症状の徹底を依頼していることから
11、子どもの体温計測の必要性に応じて保護者も体温計測の機会が増加したものと推察される。
以上のように、日本の高い公衆衛生観念及び行動が示される結果となったが、適切に感染予防行動を実施する上で留意すべき点も多い。現在は、新型コロナウイルス感染症の収束に向っているが、どのような感染症にも標準的な感染予防行動は非常に有効であることから、今回のコロナ対応を契機に正しい対応行動を身に着けることが期待されているのではないだろうか。
4 Hiroshi Ueki et al.(2020),"Effectiveness of Face Masks in Preventing Airborne Transmission of SARS-CoV-2, Journal of mSphere,Oct 2020,Vol5 Issue5.
5 国立大学法人豊橋技術科学大学(2020)「コロナウイルス飛沫感染に関する研究~マスクの効果と歌唱時のリスク検討~」
6 飯田明由(2021)「マスクの流体力学」国立大学法人豊橋技術科学大学 機械工学系
https://www.hpci-office.jp/invite2/documents2/ws_cae_210312_iida.pdf
7 森功次ら(2006)「手洗いの時間・回数による効果」感染症学雑誌,(80)P496-500.
8 小島みゆき(2007)「「学校生活における子供の手洗い実態」― 小学校~高校における手洗い実態調査から ―」花王生活者研究センター
9 内閣府男女共同参画局(2020)「令和2年版男女共同参画白書(概要)」p4.
10 厚生労働省(2020)「第8回新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボード」資料2-4,p5.
11 文部科学省(2020)「学校における新型コロナウイルス感染症対策に関するQ&A」
5――分析の限界