ジェンダーの観点が不足している表れとして、筆者が最大の問題だと考えているのが、交通機関で発生する性犯罪防止への取組みが遅れていることである。交通機関内で発生する痴漢等に関する全国調査はほとんど存在しないが、福岡県警が今年2~3月に行ったインターネット調査の結果、女性の35.1%、男性の4.8%が「痴漢被害経験がある」と回答し、うち6割以上が列車内で被害に遭ったと回答している
5。福岡県警は被害場所について具体的な鉄道名や路線名を公表していないが、「県内の全路線で被害実態があった」とまとめている。
また、警視庁が2020年に検挙した痴漢事案についても、発生場所の最多は電車の25.4%となっている
6。その他、盗撮も駅構内で多発している
7。新型コロナウイルスの感染拡大以降、テレワークや分散出勤が増え、以前に比べれば通勤時間の電車やバスの混雑状況は緩和しているが、各地域では依然、電車内での痴漢事案が報道されている
8。これまで電車や地下鉄の一部では、女性専用車両や専用座席を設けるなどの対応が取られてきたが、未だに多くの乗客が交通機関の中で性犯罪被害に遭っている現状を鑑みれば、交通事業者も、所管する行政も含めて、対策は不十分だと言わざるを得ない。
特に対策が急務であるのが、子どもたちの被害である。警視庁のまとめによると、2020年に迷惑行為防止条例違反(痴漢)で検挙された事案のうち、被害者の年代別は、10歳未満が0.9%、10歳代が25.7%となっている
9。こうした問題に対して、「来学期からは学校に通う時には痴漢のない世の中に」と、40歳未満の若者で組織する一般社団法人日本若者協議会は、政府に抜本的な痴漢対策を要望するため、オンラインで署名活動に取り組んでいる
10。同協議会は10項目の要望を挙げているが、その中で、児童生徒から相談を受けた教員が適切な対応を取らないケースもあるとして、▽学校で相談できる場所を用意する、▽痴漢被害に遭った生徒に対する欠席や遅刻の取り扱いを免除する、▽生徒が被害に遭ったり痴漢を目撃したりした時にどうすれば良いかを教える――など、子どもたちに最も身近な学校に対し、実践的な教育や対応を行うことを求めている。
筆者は、研究員の眼「
首都圏で急ピッチで進む電車内の防犯カメラ設置 ~東京五輪で前進する痴漢対策、関西には遅れ~」(2017年)の中でも、交通事業者による自主的な取組みと、行政による調査や啓発が必要であることを述べた。今後、交通事業者に求められるのは、女性専用車両または座席の増設、防犯カメラの増設、アプリなど痴漢に遭った時に通報しやすいツールの整備、通報受信時の警告の車内放送など、ハードとソフト両面での対策だろう。
新型コロナで経営難に陥っている状況で、新たに対策を講じるには費用がかかって経営にマイナスだと思う交通事業者もいるかもしれないが、そればかりではない。「女性や子どもが安心、安全に乗車できる」と地域で認知されれば、乗客増加にもつながる可能性がある。
その例が、高速バス大手「WILLER EXPRESS株式会社」(本社・東京)である。同社は2006年に高速ツアーバスの運行を始め、乗客を配置する時に、女性客の隣は必ず女性客にしたり
11、乗客がカスタマーセンターや営業所に24時間、メールで通報・連絡できるシステムを導入したりと
12、女性客も安全、安心に利用できるサービスを打ち出して新たな市場を創造してきた。
他にも、女性客の「すっぴんや寝顔を見られたくない」という要望を受けて、ベビーカーのようなフード付き座席「カノピー」を開発するなど、夜行バスという閉鎖空間の中で快適に過ごしてもらえるように工夫を重ねてきた。同社の従業員も約半数は女性だといい
13、「女性社員が絡まない仕事は無い」(同社)という態勢が、これらのサービスの推進力になってきたと言える。
同社は女性客の掘り起こしに成功し、新型コロナ感染拡大前の2019年には、全国20路線で計297便、年間利用者は300万人を超えるまで急成長した。コロナ禍以降、乗客は急減しているが、感染対策を徹底して、いずれ訪れる回復期に備えているという。
新型コロナの影響で人の移動自体が縮小し、鉄道もバスも、全国的に乗客が落ち込んだ状況が続いている。しかし、今後感染状況が改善し、人の移動が回復した時に、従来以上に地元や観光の女性客たちから移動手段として選ばれるように、ジェンダーの観点を取り入れた取組みが求められる。
冒頭で述べたように、現状では交通事業者に女性従業員は少ないが、内勤の女性従業員の意見を取り入れたり、アンケートで女性客らの意見を収集したりして、まずは職場全体で、性犯罪防止と安全安心への意識向上に取り組んでもらいたい。教育現場においても、一般社団法人日本若者協議会が要望したように、子どもの相談に応じる態勢を整えたり、被害に遭った時の対処方法を学習させたりするなど、通学で使う交通機関内での安全対策にも目を向けてほしい。
日本でジェンダー平等を少しずつ達成していくために、交通にもジェンダーの視点が必要である。