今回ECBが公表した「主な知見」は技術的な内容に焦点をあてており、デジタルユーロを導入する意義(例えば、「報告書」でデジタルユーロ導入の要件として挙げられている通貨の競争力向上や国際化などの内容)については触れられていない。一方で、「主な知見では」技術的な観点からではあるが、TIPSなど既存の中銀決済インフラとの組み合わせ、EU全体で普及を図るデジタルID(電子ID、eID)との紐づけも検討されている。
今後、次のステップである調査段階ではEUの目指す政策との整合性や官民での協力方法(事業モデル)などが議論されると見られる。事前に受け付けたパブリックコメント(public consultation)の結果
38ではプライバシー保護への関心が最も高かった。
デジタルユーロは「デジタル化」された「市民向け(リテール)」通貨であるため市民との接点は大きく、市民とのコミュニケーションは当然ながら重要になるだろう(市民との対話は今年7月に公表された新しい金融政策戦略においてECBが強調した点でもある)。今後、秘匿性の確保をはじめとした機能やデジタルユーロの発行目的などについて、調査段階でもより深い検討とコミュニケーションが求められるだろう。
また、EUは成長戦略として大きくグリーン戦略とデジタル戦略の2本柱を掲げているが、デジタルユーロはこのうちのデジタル戦略と密接にかかわってくる可能性がある。ECBは、デジタルユーロの発行について現時点では意思決定を留保するなど慎重な姿勢を貫いており、あくまでも必要となった場合に遅れを取らないよう着々と準備を進めているが、取り組みへの積極性はそこまで高いようにも見えない。
これはグリーン分野において、ECBが新しい金融政策戦略(今年7月公表)の中で気候変動への対応を明記し工程表を作成、ECBの責務内でEUの成長戦略に協力する姿勢を見せていることと比較すると対照的とも言える。
しかしながら、中国におけるデジタル人民元の発行や民間における決済手段の多様化など、金融・決済システムが変化・多様化していくなかで、デジタルユーロ発行への機運がさらに高まっていくことは十分に考えられる。今後、デジタルユーロの発行が求められる状況となり、実際に発行の意思決定を行う場合には、「デジタルユーロ」プロジェクトが政府・中央銀行・民間が協力するデジタル分野での取り組みに事例となる可能性もあるだろう
39。デジタルユーロがEUの進めるデジタル戦略の一環となることがあるのか、今後の動向が引き続き注目される。
38 優先度の高い順にプライバシー保護(41%)、安全性(17%)、汎欧州での利用(10%)だった。募集期間は2020年10月12日から2021年1月12日まで。
39 これは「報告書」におけるシナリオ固有要件「R1:デジタル化による効率向上」などと関連する目的でもある。なお、気候変動対応については物価安定を目標とするECBの「金融政策」に反映されたが、「デジタルユーロ」が(導入されるとしても)金融政策の手段として導入されるのかなどについては、現時点では未定ではある。