前回の世界金融危機(The Global Financial Crisis)は、金融バブルの崩壊により「カネの流れ」が止まったことに起因する。コベナンツ条項抵触などによるデフォルトや貸し渋り・貸し剥し、不動産の投げ売りなどが発生し、不動産投資市場が大きなダメージを被り、その影響は不動産賃貸市場にも波及した20。
それに対して今回の危機は、「大封鎖(The Great Lockdown)」と称されるように、新型コロナウイルス感染症の拡大防止のため「ヒトの流れ」が止まったことに起因する21。そして、世界的に広範囲で需要蒸発を引き起こした。ヒトの流れが賃貸収入の源泉となっていたホテルや商業施設は深刻な影響を被る一方、eコマース拡大やテレワークなどデジタル化により恩恵を受ける物流施設やデータセンターへの注目が高まるなど、不動産セクター間の格差が強まっている。このような二極化は、コロナ禍における特徴として、企業業績や経済、金融市場、そして不動産市場など、いたるところで見られ、その形状になぞらえ「K字型」と称される。
米マイクロソフトのサティア・ナデラCEOが「2年分のデジタル変革が2カ月で起きた」と述べたように、新型コロナの感染拡大が触媒となり、デジタルシフトが社会全体で加速した22。そして、テレワークの普及が一気に進み、アフターコロナのニューノーマルとして、一部では「オフィス不要論」が注目を集めた。ネットスケープ社を創業したマーク・アンドリーセンは、2011年に"Why Software is Eating The World(ソフトウェアが世界を飲み込む理由)"と題したコラムで、次の10年で既存企業とテクノロジーを活用した新勢力の戦いが熾烈になると予想した23。「オフィス不要論」に代表される、「オフィスvs.テレワーク」の構図は、日本の不動産市場の本丸であるオフィス市場においても、戦いの火ぶたが切られたことを示しているのではないだろうか。
今回のコロナ危機で、商業施設におけるデジタル化による不確実性はさらに高まった。eコマース拡大の加速によりモノ消費に対するデジタル化がさらに進んだ影響もあるが、コト消費にもデジタル化の脅威が及ぶ恐れが高まったためである。新型コロナにより拡大したフードデリバリーや動画配信サービスなどのデジタルサービスは、コト消費のビジネスモデルを揺さぶっている。フードデリバリーは、レストランやホテルとかで外食というコト消費を、弁当や総菜のようにモノ消費化した。そして、ゴーストレストランやクラウドキッチンといったフードデリバリーに特化した新しい業態を生み出した。フードデリバリーは、外食を構成する料理や空間、時間などのレイヤーを分解することで、それぞれの構成要素の費用対効果を明確にしている。従来型の飲食店は、料理以外の付加価値として、どのような空間と時間を提供できるかがより重視されるだろう。さらに、コロナ下においては、映画館や遊園地などに代わって、NetflixやAmazon Prime Videoなどの動画配信サービスや「フォートナイト」や「あつまれ どうぶつの森」といったオンラインゲームなどが、人々に娯楽を提供した。これらのデジタルなエンターテインメントとの比較から、商業施設におけるエンターテイメントはフィジカル空間における素晴らしい体験価値がより一層求められるだろう。