ジョンソン首相は、EUとの合意を発表した12月24日のスピーチ
5で「1月1日から関税の柵はない。非関税障壁もない」と述べたが、実際には、財の貿易には通関手続き、衛生植物検疫(SPS)、付加価値税(VAT)、ゼロ関税適用のための原産地証明、適合性評価など新たな障壁が出現している。
原産地規則では、それぞれのFTA締約国を累積対象に加える「拡張累積」の採用は見送られた。電気自動車(EV)、バッテリーなど特定の品目では、一定期間、高めの非原産割合を認められたことで、アジアからの原材料を利用しているケースでも、当面はゼロ関税の恩恵を享受できる見通しとなった。
小規模な企業は、新たに導入された輸出入申告のシステムへのアクセスも含め、「ハードな離脱」で出現した障壁への対応に苦慮している
6。大企業の間でも、新たに出現した障壁を前提に採算性を再検討し、サプライ・チェーンを見直す動きが広がると見られるが、小規模な企業では、コロナ禍による疲弊も重なり、英国-EU間のビジネスを断念するケースも増そうだ。
21年初から英国の輸出業者が直面した問題の1つに、英国が第3国となったことで、EU内の顧客から、従来は不要だった輸入時に支払う付加価値税(VAT)の負担を求められるケースがある。英国の事業者の選択肢は、肩代わりして支払うか、EUへの輸出を断念するか、商品流通拠点を新設し、VATの還付を受けるかになる。急遽、EU域内に拠点の新設に動く企業も増えているという
7。
VAT問題や事務負担の増大は、EUの輸出業者や運送業者にも生じている。フランスからアイルランド共和国向けに輸送する業者が、英国での事務手続きや通関の遅れを避けるため、海路を選択するケースも増加している
8。
個人レベルでも、オンライン・ショッピングでの商品の配送料等の引き上げなどに「ハードな離脱」の影響が実感されるようだ。深刻なものとしては、処方箋の相互承認を見送られたことで
9、オランダ製の医療用大麻を原料とする抗てんかん薬の英国への輸出禁止となった問題があり、双方の合意で、6カ月の猶予期間を設けることで当面の対応が採られた。
5 Prime Minister's statement on EU negotiations: 24 December 2020
6 ‘Making Brexit Work’, Times, 22 January 2021
7 ‘A Brexit nightmare': the British businesses being pushed to breaking point’, The Observer, 24 January 2021
8 ‘After Brexit, Ireland and France cut out the middleman - Britain’, Reuter , 22 January 2021などによれば、従来はユーロトンネルでドーバー海峡を渡り、ウェールズのホーリーヘッドからアイルランドのダブリンへのフェリーを利用する所要11時間の英国経由のルートが好まれていたが、1月には所要17時間のフランスのシェルブール港からアイルランドのダブリン港に向かうフェリーを選択するケースが増え、今年1月のシェルブール港のトラックの通過台数は9000台と前年同期の3倍に増えた。デンマークのオペレーターが新設したフランスのダンケルク港とアイルランドのロスレア港を結ぶ週6日運航するフェリーもほぼ満員の状態が続いている。
9 ‘Government to offer reprieve after Brexit halts medical drug supply epileptic children’, The Independent, 26 January, 2021
スコットランドの海産物の輸出の困難化