復興基金の合意は、コロナ禍という歴史的な非常事態だからこそ実現したもので、「常設化」へのコンセンサスはなく、一気に財政統合につながる訳ではない。EUの条約は、加盟国間やEU機関による加盟国の救済を原則として禁止しており、ドイツなど一部の支援国側の財政危機国への厳しい姿勢もあって、ユーロ危機では遅すぎ、小さすぎる政策対応が繰り返され、危機の拡大を許した。復興基金は、自然災害などの例外的な要因により困難に陥った国へのEUによる支援を認める救済禁止条項の例外条項(EU機能条約122 条)に基づき創設することで、比較的速やかな合意が成立した。コロナ禍は、被支援国の政策運営の問題が招いたものでないということもあった。
それでも、復興基金の制度設計を巡っては対立があった。補助金方式に反対した倹約4カ国(オランダ、オーストリア、スウェーデン、デンマーク)と主な受益国となる南欧との対立が表面化したが、最終的な合意に漕ぎつけたのはコロナ禍という非常時に対応する「一回限りの枠組み」と位置づけられたからだ。
復興基金が、今後、同様の危機への対応の雛形となる可能性はあるが、EUによる資金調達の恒久的な枠組みへと発展し、財政統合の布石となるかどうかは、復興基金の成果次第である。復興基金が主な受益国によって有効に活用され、期待された効果が上がらなければ、復興基金の恒久化などの財政同盟への前進が却って難しくなるおそれもある。
焦点は、復興基金のガバナンスだ。首脳合意では、RRFの補助金の利用にあたって、各国は「復興・強靭化計画」をまとめ、欧州委員会による評価を受けて、閣僚理事会による特定多数決の承認を得ることとした(表紙図表参照)。「復興・強靭化計画」の評価では、EU加盟国の政策評価の年次サイクルで行う欧州委員会の各国への勧告と整合的で、潜在成長力を強化し、雇用の創出、社会的な強靭さを強化すること、EUが目標とする「グリーン化」と「デジタル化」の2つの移行への貢献などが評価のポイントとなる。
こうしたガバナンスに関わる条件は、倹約4カ国は補助金方式を認めるにあたり求めたものとされる。倹約4カ国と南欧では、コロナ禍による経済的打撃の大きさが異なるために思いを共有し辛いばかりでなく、コロナ前から南欧のガバナンスに対する不信感があったからとされる
10。
EUは、これまで成長戦略として、「リスボン戦略(2000~2010年)」、「欧州2020(2010年~)」などを展開してきたが、共通の目標に対して、意思と能力のある北欧が目標を超過達成する一方、南欧の底上げが進まず、EU全体の目標を達成できない結果に終わってきた
11。
復興基金が目指すグリーン化、デジタル化という「2つの移行」でも、倹約4カ国と南欧、中東欧との現時点での立ち位置は大きく開いている。グリーン・リカバリーも「2つの移行」も、その成功は、南欧、中東欧の底上げに掛かっている。
復興基金で公共投資の水準を維持することで、民間投資の回復も早まり、加盟国間で、到達点や速度に差はあってとしも、持続可能な成長への転換という方向の一致が見られるようになれば、過去の危機対応の失敗の教訓が生かされたことになる。
10 Sapir, A. (2020)では、倹約4カ国と南欧のコロナ禍による経済的打撃の違いは、行動制限の強度、観光業への依存度ばかりでなく、ガバナンスの違いによっても説明できるとの推計結果を示している。
11 過去の成長戦略の概要と成果については伊藤(2020)で論じている。
復興基金でEUの世界経済におけるプレゼンス低下は止まるのか?