オタクを自称する若者が嫌がらせや圧力をかけられることで、全てのオタクが友好的ではないと初めて認識するように、オタクの生態(特にコミュニティ)は、研究機関による調査やメディアによって切り取られる一部分と、その全体像の実態が異なることがある。この理由としてオタクには明確な定義が存在しないことが挙げられると筆者は考えている。
従来より、オタクに関する調査は数多くされてきているが、オタクの定義が明確ではないため、それぞれの調査ごとに対象の範囲が異なる。例えばオタク人口を例に挙げると、矢野経済研究所では、調査項目で「自分がオタクか否か」を問い、それを下にオタク人口やオタクの個人消費額算出を試みている。2017年の彼らの調査によると、18~69歳までの男女のうち19.9%が何らかの「オタク」である、と答えている。そのため、オタクを自称する幅広い層をサンプルとして扱っており、2018年のアニメ市場のオタク人口を598万人と算出している。一方、野村総合研究所の2005年の調査では、アニメオタク人口を11万人と推量しており、算出された数字だけ比較すると、ほぼ10年で約590万人増えたことになってしまう。しかし、この比較からオタクの人口の増加を判断することはできない。野村総研の調査では、2004年8月に野村総合研究所が行った「趣味やこだわりに関する生活者調査」の分析の結果から、消費性オタクの出現率を生活者全体の約11%、心理性オタクでは全体の約36%であると特定した。そして、消費性オタクであり、かつ心理性オタクである層、すなわち中毒的で極端な消費行動を示し、かつ心理的にもオタク的な特徴を有する生活者を「オタク」と定義づけた。この「オタク」の出現率はおよそ3.6%、つまり28人に1人の割合でオタクが存在するとしており、野村総研によるオタクは、
彼らの基準によってオタクかオタクでないか線引きされた存在であると言えるだろう。そのため、矢野経済研究所の調査対象であるオタクを自称する人々と比較すると、その数に大きな違いが生まれるのである。
また、対象市場の範囲の差でも違いは生まれる。SHIBUYA109 来館者(15~24歳女性)を対象とした「オタクに関する調査」では、72.6%が「ヲタ活」をしていたという。また、産業能率大学が行った大学生を対象とした同調査においても大学生の約8割が何かしらのオタクであると自称していたという。この背景には、「ヲタ活」という言葉が「ファン」「お金や時間をたくさん費やしているもの」という2つの軸で使われていることがある。若者のヲタ活には自己投資を目的とした「自分向けヲタ活」と、誰かを応援する「他人向けヲタ活」が存在している。自分向けヲタ活は、エステやネイル、カフェ巡りなど消費の結果が自身に回帰するものを指し、一般的に自己投資や自分磨きと呼ばれるような性質を持っている。他人向けヲタ活は、アイドルやYouTuber、マンガやアニメなど、従来のオタクが消費してきたような「コンテンツ」を対象としており、自分の消費が興味対象の応援に繋がる性質を持っている。従来のオタクの消費は、好きなコンテンツを消費することが他人の利益に繋がるという構造であったが、ヲタ活という語が「お金や時間をたくさん費やしているもの」という曖昧な意味合いを含んでいるため、その対象が拡大されたのだ。そのため、矢野経済研究所が調査対象をアニメやマンガなど16市場に限っている一方で、若者の考える「ヲタ活」は言うなればすべての市場であてはまるため、若者の8割がオタクであると自認するようになってもおかしな話ではないのである。
また、オタクの消費調査についても、調査結果に差異が生じている。SHIBUYA109 lab. とCCCマーケティングによる15~24歳の女性を対象とした「オタ活に関する調査」によると「1年間でヲタ活に使う平均金額」は約58,000円という結果となり、ヲタ活に費やす費用は、年間の可処分所得の約10.1%を占めていたという。一方で矢野経済研究所の「2019年オタクに関する調査」を基に算出したオタクの平均年間消費額は「平均22,500円」であった。これも前述した通り、対象市場が異なることを考慮に入れて結果を見る必要がある。このようにオタクの調査についてみる際は調査対象に注視する必要がある。
一方で、このような調査結果からみられる「平均」についても考えなくてはならない。前述したように、オタク市場には、熱心に消費を行う層とオタクを自称する比較的ライトに消費を行う層が混在している。筆者の肌感覚からしても、前述した平均年間支出金額は少ないと思われるし、実際に「少なすぎる。」「もっと消費している。」といった議論がネット上でされるのが恒例となっている。しかし、熱心な層がいくら消費をしても、ライトなオタク人口が増加するほど平均金額が下がることは言うまでもないだろう。しかし、メディアは、平均金額以上を消費するオタクたちに焦点を当て、彼らの消費に対する異質性を強調して報道しようとする傾向がある。お金を過度に消費することがオタクの条件であるとは言わないが、
歯止めが利かなくなる消費を行うことこそ、オタクとしての本能に忠実に動いた結果であり、やむを得ない面もあると筆者は考えている。しかしながら、オタクの歯止めの利かない消費欲求を過大に取り上げるメディア報道の流れも、オタクの消費することが美徳であるという意識を加速させていると考える。
オタクに関する調査は、市場規模やトレンド、消費傾向を把握するための重要な資料であるのは間違いないわけであるが、その対象がどのような人々を指しているのか念頭に置いて調査結果を見ていくことが大事である。
9――若者がオタク化することに際して