感染不安と消費行動のデジタルシフト

第1回 新型コロナによる暮らしの変化に関する調査

2020年08月18日

(久我 尚子) ライフデザイン

ライフステージ別には、前節で見た感染不安の強いライフステージで、デジタル手段の利用増加の割合は高いが、リアル店舗の利用減少の割合は必ずしも高いわけではない。例えば、感染不安の強い第一子小学校入学では、キャッシュレス決済の利用増加の割合は全体より高く、ネットショッピングでも全体をやや上回るが、スーパーやドラッグストア、コンビニエンスストアの利用減少の割合は全体より低い。

職業別には感染不安の強い専業主婦・主夫でデジタルシフト傾向が強い。一方、企業等の就業者では感染不安の強さと必ずしも比例しない。前節で見たように、就業上の地位が低いほど感染不安は強く、リアル店舗の利用減少の割合は高まるものの、デジタル手段の利用増加の割合は高まるわけではない。例えば、嘱託・派遣・契約社員ではネットショッピングの利用増加の割合は全体より低い。

デジタル化の進行についての考え方別には「同様のサービスが受けられるのであれば、対面よりオンラインでの対応が好まれるようになる」について、そう思う層でデジタルシフトの傾向は強い。
 
一方、「現金の利用より、キャッシュレス決済が主流になる」については、そう思う層でデジタル手段の利用増加の割合は高いが、デパートやショッピングモールを除くリアル店舗については、そう思う層もそう思わない層も同様である。

以上をまとめると、全体として、感染不安が強い層ほどデジタルシフトが進んでいる傾向があるが、以下のような矛盾もある。

・ライフステージ別:第一子小学校入学など感染不安が強いライフステージでも、リアル店舗の利用は全体と比べて必ずしも減少しない。

・職業別:嘱託・派遣・契約など感染不安が比較的強い層でも、デジタル手段の利用は全体と比べて必ずしも増加しない。

・デジタル志向別:現金よりキャッシュレス決済が主流になると思う層の方で感染不安は強いが、リアル店舗の利用は全体と比べて必ずしも減少しない。
ところで、20~60歳代の生活者は、コロナ禍における不安や行動の自粛、今後の展望で6つのグループに分けられる6という分析がある(図表16)。

ライフステージが第一子小学校入学や、キャッシュレス決済が主流になることについて、そう思う層では、このうちクラス1が多い(全体31.4%に対して42.7%、40.7%)。クラス1には、感染不安は強いが、就業者であったり、子どもの用事なども多く、動かざるを得ない生活者が多く含まれるために、スーパーやドラッグストアなどのリアル店舗の利用が減るわけではないのだろう。

また、職業が嘱託・派遣・契約社員やパート・アルバイトでは、ややクラス5が多い(全体12.5%に対して16.9%、14.4%で無職に次いで多い)。クラス5では高齢層が多いことから、感染不安からリアル店舗の利用は控えても、デジタル手段の利用は必ずしも進むわけではないのだろう。

つまり、デジタルシフトは感染不安の影響が非常に大きいものの、生活者の暮らし方や年代によっては、感染不安の強さによらず、リアル店舗の利用は減らない(あるいはデジタル手段の利用が進まない)状況もあるようだ。
 
6 村松容子「新型コロナ感染拡大防止に向けた行動の自粛の状況」、ニッセイ基礎研究所、基礎研レポート(2020/7/14)
 

4――おわりに

4――おわりに~デジタル対応は必須だが五感を使う消費機会は減少、今後、問われる店舗の付加価値

本稿では、新型コロナへの感染不安による消費行動のデジタルシフトについて、デジタルシフトの影響が大きいであろう、買い物の状況に注目して分析を行った。その結果、消費者全体でリアル店舗の利用を控え、キャッシュレス決済サービスやネットショッピングなどのデジタル手段の利用を増やす傾向があり、その傾向は、おおむね感染不安が強いほど顕著にあらわれていた。

ところで、ビフォーコロナでは、自動車やファッションなどのモノよりも通信料やレジャーなどのサービス(コト)にお金を費やす「モノからコトへ」という変化が見られていたが、コロナ禍では、コトの在り方も変わった。今回の事態によって、オンライン診療やオンラインフィットネスなど、これまでリアル(対面)のみでの対応と認識されていたサービスまで、一気にデジタルシフトした。このような中では、もはやリアル店舗でしか対応していないといった形は、消費者に選ばれにくくなっているのではないだろうか。

一方で、デジタルシフトによって、消費者にとって失われた価値もある。それは、五感を使った臨場感のある消費機会だ。例えば、「デパ地下で美味しそうな香りにひかれて、つい惣菜を買ってしまう」とか、「店員の勧めてくれた洋服のコーディネートを気に入って衝動買いしてしまう」といった機会は減っただろう。

デジタルシフトへの対応は必須だが、全てがデジタルに成り代わるわけではない。一方で感染不安の続くウィズコロナでは、リアル店舗は、消費者に対して、どのような付加価値を提供できるのか、店舗の在り方が一層問われるようになっている。

なお、本稿で用いた調査は継続的に実施予定であり、今後のデジタルシフトの動向にも注視していきたい。

生活研究部   上席研究員

久我 尚子(くが なおこ)

研究領域:暮らし

研究・専門分野
消費者行動、心理統計、マーケティング

経歴

プロフィール
【職歴】
 2001年 株式会社エヌ・ティ・ティ・ドコモ入社
 2007年 独立行政法人日本学術振興会特別研究員(統計科学)採用
 2010年 ニッセイ基礎研究所 生活研究部門
 2021年7月より現職

・神奈川県「神奈川なでしこブランドアドバイザリー委員会」委員(2013年~2019年)
・内閣府「統計委員会」専門委員(2013年~2015年)
・総務省「速報性のある包括的な消費関連指標の在り方に関する研究会」委員(2016~2017年)
・東京都「東京都監理団体経営目標評価制度に係る評価委員会」委員(2017年~2021年)
・東京都「東京都立図書館協議会」委員(2019年~2023年)
・総務省「統計委員会」臨時委員(2019年~2023年)
・経済産業省「産業構造審議会」臨時委員(2022年~)
・総務省「統計委員会」委員(2023年~)

【加入団体等】
 日本マーケティング・サイエンス学会、日本消費者行動研究学会、
 生命保険経営学会、日本行動計量学会、Psychometric Society

レポートについてお問い合わせ
(取材・講演依頼)