スタンフォード大学のウォルター・シャイデル教授は、感染症は過去に不動産価格の急落を招いてきたとしている
17。感染症により労働力が急減したことで、不動産の稼働率が低下したためである。しかし、今回のパンデミックにおいては、(1)新型コロナウイルス感染症による死亡者が過去のパンデミックと比較して少ない、(2)グローバル経済の第一次産業への依存度が低下している、(3)生産における労働力の重要性が低下している、ことから過去のパンデミックで見られたような実質賃金の上昇や不動産価格の急落は発生しないと予想している
18。
現在は、一様に不動産価格や賃料が下落するといった事態とはなっていない。2007年以降の世界金融危機と異なり、金融市場でカネ詰まりはおきておらず、むしろカネ余りの様相を呈していることもある。シャイデル氏が指摘したように、新型コロナウイルス感染症による死者数は67万人
19にのぼるが、それでも14世紀のペストでの7,500万人、1918年からのスペイン・インフルエンザの5,000 万人
20と比較すると死者数は少ない。加えて、ビジネスを継続するためにデジタル技術が果たした役割は大きい。
新型コロナによるデジタル化の加速は同時に、オフィス市場に創造的破壊が起こる可能性を高めた。この不確実性が顕在化するかどうかを結論付けるのは現時点においては困難である。しかし、顕在化した場合の脅威を考慮すれば、一定の備えをすることが求められるのではないだろうか。
いずれにしても、「フィジカル空間」である不動産と「デジタル空間」は、需要を食い合う代替関係にも、互いに需要を高めあう補完関係にもなり得る。今後もデジタル化という長期トレンドが続くことについては疑う余地がなく、いかにデジタル化の脅威もしくはチャンスと付き合っていくかは、不動産業の根幹を揺るがしかねない、長期的かつ本質的な課題である
21。
17 Scheidel(2017)
18 Scheidel(2020)
19 Johns Hopkins大学、2020年7月31日時点。
20 加藤(2013)
21 新型コロナウイルスのパンデミックは、デジタル化による不確実性以外にも、「行動変容」と「賃貸借契約」による不確実性を高めたと考えられ、それらについては次稿以降で述べる。