医師の偏在や医療機関の偏在に対して、配慮が全くありません。(略)乱暴すぎます――。兵庫県の井戸敏三知事は定例記者会見で、個別名を開示した厚生労働省の対応を批判した
5。「乱暴」とは少し激しい言葉遣いだが、自治体や現場の反応としては概ね共通している。
例えば、和歌山県の仁坂吉伸知事は「(筆者注:厚生労働省の対応は)やり過ぎ」
6、福岡県の小川洋知事は「地域の事情を無視するもので、あまりに唐突で適切でない」
7とそれぞれ述べたほか、三重県の鈴木英敬知事は「現状の把握や改善の方策について議論するが、診療数のデータが一定期間に限られており、交通の実情を踏まえていない」と判断基準への不満を表明した
8。
公立病院の関係者で構成する全国自治体病院開設者協議会長を兼務する鳥取県の平井伸治知事は「一面的なデータで要否を決めるのはあまりに短絡的。地方の病院の診療例が少ないのは子供でも分かる。統廃合への世論誘導だとすればお門違いだ」と話した
9。
現場サイドでも「公立・公的病院が急性期医療を担うから医師を派遣してくれるのに、そこを縮小しては地域の医師確保が難しくなる」
10といった不安や不満が出ており、医師などの専門職を確保できなくなる危険性も論じられている。名指しされた医療機関からは「名誉毀損」「業務妨害」として謝罪を求める動きさえ出ている
11。
こうした声を踏まえ、全国知事会、全国市長会、全国町村会と総務、厚生労働両省は10月4日、「地域医療確保に関する国と地方の協議の場」の初会合を都内で開き、意見交換を実施した。ここでも平井知事は厚生労働省の対応を改めて批判した
12ほか、全国知事会として「分析の妥当性を都道府県が確認することができないうちに唐突に公表し、 該当医療機関への説明も十分できない状況のまま医療機関、住民を不安にさせており、このような方法については慎重に検討すべき」「実名を公表したことについては、 むちゃくちゃ思い切った乱暴なやり方」といった都道府県の反応も明らかにした
13。
その後、厚生労働省は病院名公表の経緯や目的などについて理解を求めるため、地方厚生局単位で説明会も開催。初会合となった10月17日の福岡市における説明会では医療機関関係者から「地方で小児科や産婦人科が集約されると、子育て世代が住まなくなる」「病院が無くなるという風評被害に非常に困っている」「実情を反映していない」といった異論が噴出し、橋本岳副大臣は終了後に「これだけハレーションを起こしていると認めなければならない」と述べたという
14。
しかし、ここで疑問が生まれるかもしれない。まず、こうした軋轢が自治体や現場で起きることを事前に予想していなかったのだろうか。報道によると、厚生労働省は地方との協議の場で、「(筆者注:地方の反発は)予想をしていたわけでは当然ない」と説明している
15>。さらに、個別名公表の方針が地域医療構想WGで今春から議論されていたこともあり、厚生労働省内では「そんなに騒ぎになることはないだろう」という楽観ムードが漂っていたという
16。その意味では、厚生労働省が地方側の反応を読み切れなかったか、読み誤ったと判断せざるを得ない。
さらに、自治体や現場サイドとしても、これほど多くの医療機関が名指しされるとは予想していなかった
17と見られ、「まさかウチの病院が」という当惑に繋がっていると言える。地域医療構想が本格始動する前の2017年度現在の数字が開示されたことで、「改革を進めたのになぜうちの病院が引っ掛かったのか」といった感覚を増幅させた面もありそうだ。
第2に、「なぜ公立・公的医療機関の議論が先行したのか」という疑問も生まれる。日本の医療提供体制は民間中心であり、公立・公的医療機関のウエイトは決して大きくない。それにもかかわらず、公立・公的医療機関の議論が先行した理由を探ることは今後の展開を考える際に欠かせない。
これらの点を考える上では、政策形成プロセスを丁寧に見て行く必要がある。以下、①異例の病院名公表に踏み切った理由、②公立・公的医療機関の議論が先行した理由――を考察する。
5 兵庫県ホームページ2019年10月3日知事定例記者会見。
6 和歌山県ホームページ2019年10月1日知事記者会見。
7 2019年10月12日『毎日新聞』。
8 2019年9月27日『毎日新聞』。
9 2019年9月27日『日本海新聞』。
10 2019年10月4日『中国新聞』。
11 2019年10月8日『読売新聞』『岐阜新聞』。
12 2019年10月4日『m3.com』配信記事。
13 全国知事会ホームページ2019年10月4日「『地域医療確保に関する国と地方の協議の場』の開催について」資料。
14 2019年10月18日『熊本日日新聞』。
15 2019年10月4日『m3.com』配信記事における厚生労働省医政局の佐々木裕介総務課長のコメント。
16 2019年10月7日『共同通信』配信。
17 同上。
5――異例の病院名公表に踏み切った理由