3|4つの案を推した主体
まず、(a)を提唱したのは自民党と日本医師会(以下、日医)である。自民党は2002年11月、75歳以上を対象とした独立保険方式を主張
8し、その背景には日医の主張が影響していた。日医は2000年8月に公表した「2015年医療のグランドデザイン」では「保険から保障へと理念を転換させる」と説明しており、税金の重点投入による独立保険方式を求めていた
9。
その際、75歳で区切った主な理由は財源対策である。具体的には、当時の日医会長は「医療費高騰の大出血は高齢者医療にある」としつつ、「70歳以上だと財源が出てこない」としていた
10。厚生労働省の担当者も解説書で、「生理的機能の低下や日常生活動作能力の低下による症状が増加するとともに、生活習慣病を原因とする疾患を中心に入院による受療が増加するなどの特性を有しており、その心身の特性などに応じたサービスを提供する必要がある」としつつも、「公費を重点的に投入する観点からは対象者を重点化する必要がある」としている
11。こうした記述を総合すると、税金投入の規模との兼ね合いがあったため、75歳で区切ったことにもなる。言い換えると、75歳以上で区切った理由は政治的な判断だったことになる。
さらに、経団連と日経連(当時)も独立保険方式を支持した。これは事業主負担の増加を避ける狙いがあり、経団連が2001年5月に公表した「高齢者医療制度改革に関する基本的考え方」では、70歳以上を対象とした「シニア医療制度」を創設するよう提案し、高齢者の自己負担と保険料に加えて、消費税を財源とした税金の重点投入を訴えた。
これに対し、(b)の突き抜け方式を主張したのは連合と健保連だった。突き抜け方式では、被用者保険OBを対象とした保険者を創設し、国保に負担が集中しないようにすることを目指しており、同じ被用者グループの助け合いとなる分、若い勤め人の理解を得やすい点がメリットとして挙がっていた。しかし、健保連は2005年7月に公表した「新たな高齢者医療制度の創設を含む医療制度改革に向けての提言」で、被用者保険の負担増を招く拠出金制度を廃止することを条件に、独立保険方式への支持に転換した。
3番目の(c)の一本化方式を提案したのは自治体サイドと総務省だった。例えば、全国知事会は2005年7月の意見書で、「全ての医療保険制度を全国レベルで一元化する道筋を示すべきである」とした。
最後の(ⅾ)のリスク構造調整については、年齢、所得など保険者の責任で解決できない差異を調整することを目指しており、実質的には被用者保険から国保に保険料収入を移転させることを意味する。これは「税金を増やすのは困難」と判断していた厚生労働省のアイデアに近かった
12。
結局、厚生労働省が2003年3月に公表した「医療保険制度体系及び診療報酬体系に関する基本方針について」で、(1)75歳以上を対象とした独立保険方式の創設、(2)前期高齢者に関する医療費負担の不均衡是正――という2つの案を併記した。
8 『朝日新聞』2002年11月28日夕刊。『日本経済新聞』2002年11月29日。
9 『朝日新聞』2000年8月30日。『日本経済新聞』2000年9月13日。
10 坪井栄孝(2001)『我が医療革命論』東洋経済新報社p149。
11 土佐和男編著(2008)『高齢者の医療の確保に関する法律の解説』法研p284。
12 『日本経済新聞』2002年11月29日、9月12日。坂口力厚生労働相は「年齢だとか、所得の調整をしながら、都道府県単位で(筆者注:保険者を)統合していくことが可能であれば、敢えて高齢者保険をつくらなくてもいい」と述べた。経済財政諮問会議議事録2002年8月29日。