6|負担と給付の明確化による「見える化」
こうした制度改革の結果、何が起きるだろうか。結論を言えば、負担と給付の関係が明確になる「見える化」のメリットが大きい。ここで少し極端な例を挙げることで、その論点を浮き彫りにしよう。
表2の通り、同じA県内のB市とC町を想定する。B市は都市部であり、大学病院を含めて数多くの医療機関が林立していることで、住民が医療機関にアクセスしやすい分、高度な医療機器による検査も含めて医療サービスの利用が多い。さらに豊かな財政力をバックに、一般会計からの法定外繰入を通じて保険料を軽減している。
これに対し、C村は過疎地や離島のような無医村であり、日常生活で医療サービスにアクセスできる機会としては、定期的に訪ねてくれる隣町の医療機関の往診・検診ぐらいしかなく、緊急時は隣町の診療所に車で30分かけて行くか、A県のドクターヘリを使って中央部の高度医療機関に行くといった状況である。その上、所得が低く、財政力も弱いため、法定外繰入を十分にできない。これだけの地域格差がある状況でB市とC村の保険料を単純に比較できるだろうか。表2は一種の「思考実験」であり、かなり極端な事例を2つ敢えて比較している上、数字についても仮定に過ぎないが、「見える化」を目指す今回の制度改正を通じて、負担と給付の関係が一定程度、明確となったことで、保険料を比較しやすい環境が生まれている。
第1に、納付金と標準保険料の設定を通じて、被保険者から見ると、近隣の市町村と保険料の水準を比較できるようになった点である。表2は極端な事例を用いたが、もし2つの市町村で同じ所得であれば、保険料は理論上、同じになる。それにもかかわらず、条件が近似した市町村で保険料に差異が生じれば、「医療機関が多い分、医療サービスを利用する機会が多く、それが保険料の差に表れている」「隣の市に比べると疾病構造や受療行動に違いがある」といった地域の事情や課題が見えやすくなるほか、都道府県や市町村は住民に対して、現状や背景などを丁寧に説明することが求められる。もちろん、市町村は独自の判断で標準保険料と異なる保険料を設定できるが、その場合も住民に対して理由や背景を丁寧に説明することが求められる。
さらに、こうしたデータについては、都道府県や市町村など行政機関だけでなく、住民や医療機関の関係者などにとっても負担と給付の関係を理解する素材となるほか、後述する通り、地域医療構想に基づく医療提供体制改革を含めて、医療費の負担と給付の在り方を地域で考える際に参考となる可能性がある。
第2に、市町村による法定外繰入が制限される点である。これまでは累積赤字を穴埋めしたり、保険料を軽減したりするため、多くの市町村が法定外繰入を実施してきたが、こうした中で標準的な保険料を設定しても、負担と給付の関係が不明確になるだけでなく、住民が給付費の限界を感じにくくなるため、負担と給付の関係を考えることさえ難しくしていた。
以下、表2の事例で再び考えてみよう。先に触れた通り、B市は法定外繰入を実施しており、市税を追加的に投入している。その結果、市税の追加的な財政負担は国民健康保険に加入するB市の被保険者だけでなく、B市に住む健康保険組合や協会けんぽ、後期高齢者医療制度の被保険者にもかかることになる。さらに、B市がA県の財政支援を受けている場合はA県の住民全体に、さらに国庫補助金などで国の財政支援を受けている場合、その負担は国民全員に行き着く。こうした点が従来、国民健康保険の制度運営に際して、どこまで意識し、どこまで住民に説明されてきただろうか。
以上のような状況は国民健康保険の財政悪化に拍車を掛けていた可能性がある。財政学では限界が不明確な予算制度は歳出の増加を招きやすいとして、こうした状況を「ソフトな予算制約」と呼んでおり、いくつかの先行研究が国民健康保険で同様の事象が起きている可能性を論じていた
19。
しかし、新しい制度では基金を通じて、赤字に見舞われたとしても、必要額が貸付または交付されることになり、法定外繰入の削減が期待されるほか、都道府県と市町村が収納率アップなど財源確保策を考える必要に迫られる。
実際には制度化を進めるプロセスで、厚生労働省の方針が法定外繰入を認める方向に傾いた
20ことで、ソフトな予算制約の要素は残った。さらに、高齢者や非正規雇用など条件が不利な人で国民健康保険が構成されていることを考慮すると、市町村による追加的な財源投入は避けられない面もある。
しかし、それでも「見える化」の意義は変わっていない。制度改革の影響については、どうしても個別市町村の保険料の増減に関心が行きがちだが、今後は負担と給付について、住民に対する説明責任が都道府県や市町村に求められることになる。
19 例えば、尾山明子(2014)「市町村国民健康保険の保険料(税)と財政移転の決定要因」『ファイナンス』2014 年 2 月号、では、国民健康保険に対する国費投入が「保険者の責に帰する支出」も調整し、保険者による財政健全化の インセンティブを阻害していると指摘している。
20 『共同通信』2017年10月18日配信記事。
5――都道府県化の意義(2) ~医療行政の地方分権化~