1|政策決定プロセス
待機児童対策や幼児教育無償化は安倍政権の看板政策であるが、財源にはもともと、拠出金とは別の方法が模索されていた。2017年6月に閣議決定した「経済財政運営と改革の基本方針」(骨太の方針)は「財政の効率化、税、新たな社会保険方式の活用」を検討するとしていた
4。「新たな社会保険方式」とは、当時、自民党の小泉進次郎衆院議員らが提唱していた「こども保険」を念頭に置いたものである
5。こども保険は、労使が支払う厚生年金や、自営業者らが納める国民年金の保険料に上乗せして新たな保険料を徴収し、待機児童対策や幼児教育無償化に充てる、という案だ。子どもに特化した財源を確保できる一方で、負担が現役世代に限られることから批判もあった。
因みに日本経済団体連合会(経団連)は、こども保険に関して、負担が企業と現役世代に限られることなどを理由に「著しくバランスを欠いている」と厳しく批判し、子育て支援政策は税財源で実施すべきだと主張していた
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当時、自民党内には「教育国債」を発行する案もあったが
7、将来世代への負担のつけ回しになるという慎重論が強く、骨太の方針には明記されなかった。その他、財務省からは児童手当の所得制限を超える高所得者に支払われている「特例給付」を廃止する案が出されていた
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同年秋、安倍首相は、消費増税による増収分の使途を予定より変更し、幼児教育無償化や待機児童対策を含む2兆円の経済政策に充てることを掲げて衆議院を解散し、総選挙で与党を圧勝に導いた。しかし、2兆円の経済政策のうち消費増税分で賄えるのは1.7兆円にとどまったため、不足分の3,000億円を企業が支払う拠出金に頼ることにしたのである。
投開票から5日後の同年10月27日、安倍首相は、首相官邸で開かれた「人生100年時代構想会議」の席上、議員を務めていた経団連の榊原定征会長を前に「産業界におかれても3,000億円程度の拠出をお願いしたく、具体的な検討を頂きたい」と述べ、子ども・子育て拠出金の引き上げを直接要請した
9。榊原会長は会議終了後、早速、記者団に対して「従業員が活用できる保育所であれば応分の協力はすべきだろう」と述べ、前向きな姿勢を示した
10。それまで、子ども・子育て支援法に関する重要事項を審議する「子ども・子育て会議」でも、この案が議論されたことはなかった。
この動きに対し、小泉衆院議員は「党でまったく議論していない」「経済界は政治の下請けか」と反発したが、同調意見は広がらず
11、政府は12月8日、拠出金引き上げを盛り込んだ2兆円の経済政策パッケージを閣議決定した。この中で「社会全体で子育て世代を支援する方向性の中で、経済界にも応分の負担を求めることが適当」と明記された。
この急転直下の決定に異を唱えたのが中小企業側である。構想会議の議員に入っていなかった日本商工会議所(日商)の三村明夫会頭は、榊原会長が前向きな姿勢を示した約1週間後の11月2日の記者会見で「これまで教育国債やこども保険が議論されてきたが、事業者負担に統一されたのか」と疑問を呈した
12。日商はその後の自民党によるヒアリングで、拠出金のうち6割弱は中小企業が負担していることを挙げて「中小企業の労働分配率は70%超、小規模企業は80%超であることから、支払余力は高くない」などと懸念を表明し、子育て支援は、安定的な財源確保のためにも税で賄うべきだと表明した
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全国商工会連合会など他の中小企業団体も、12月20日に開かれた内閣府との話し合いの場で「賃上げへの対応に加え、増え続ける社会保険料が経営上大きな負担となっている」などと訴えた
14。しかし、すでに方針が閣議決定されていたこともあり、内閣府側は中小企業対策を講じる姿勢を示して理解を求めた。結局、企業がどこまで責任を持つべきか、という点に関する十分な議論がないまま、拠出金の引き上げが決まった。
4 2017年5月23日に、自民党の茂木敏充政調会長が委員長を務める「人生100年時代の制度設計特命委員会」が発表した中間とりまとめには、拠出金も財源確保の方策の一つとして挙げられていたが、政府の骨太の方針には盛り込まれなかった。
5 日本経済新聞 2017年6月10日朝刊など。
6 経団連「子育て支援策等の財源に関する基本的考え方」(2017年4月27日)
7 自民党教育再生実行本部「第八次提言」など。
8 財政制度等審議会財政制度分科会(2017年4月20日)資料より。
9「第2回 人生100年時代構想会議」(2017年10月27日)議事録より。
10 朝日新聞 2017年10月28日 朝刊。榊原会長は次の構想会議で、拠出金引き上げに協力する意向を正式に政府に伝え、その代わりに労働保険料率の引き下げなど負担軽減策を求めた。実際に政府は、労災保険の3年に1度の保険料率見直しで、今年4月から平均0.02%引き下げる方針を決めた。これにより、企業負担は年512億円軽減される見込みである。ただし、労災保険料は、労災保険事業の財政の均衡を保つことができるように決定するものであり、拠出金引き上げとは直接関係ない。
11 日本経済新聞 2017年11月2日朝刊、同12月4日朝刊
12 毎日新聞 2017年11月3日朝刊
13 日本商工会議所「事業主拠出金の料率引き上げに対する日本商工会議所の考え方」より。
14 内閣府「12月20日(水)の会議」議事内容より。