2|英国の選択-残留が合理的だが、離脱を選択する確率も決して低くない
今回の英国の国民投票が、これらの国民投票と異なる点は、EUの統合の深化と拡大、あるいは一層の緊縮策など「前進すべきか」を問うのではなく、EUから離れて「後退すべきか」を問う点にある。「前進すべきか」を問う国民投票ではベネフィットとコストが明確でないという理由から拒否する結果が出やすい。「現状より悪くはならない」という判断が働くからだ。
しかし、英国の国民投票の場合は、残留であれば「少なくとも当面は、現状から大きく変わらない」が、離脱という形で「後退」すれば、離脱派が主張するように「現状の問題の解決策となる」かもしれないが、残留派が主張するとおり「現状より悪くなる」リスクを伴う。特に、短期的に多少の混乱が生じる覚悟は必要だし、離脱がなければ、他の政策に割り当てることができた行政コストを、EUや域外国との交渉に優先的に配分しなければならなくなるだろう。
英国は、1973年のEC(当時)加盟後、1975年6月に残留の是非を問う国民投票を行なっているが、当時とは、英国の開放度もEU市場との結び付きも、法規制の複雑さも比較にならない。
現状への不満が強ければ離脱を選択すると考えた場合、今の英国はあてはまらない。世界金融危機前に比べると、成長率は低く、賃金の伸びも鈍化しているが、主要先進国と比較した場合のパフォーマンスは、米国に次いで良好だ。
だが、離脱のコストが大きく、しかも、現在のパフォーマンスが概ね堅調でありながら、離脱支持多数となる確率も低くはない。政府や研究機関、国際機関からの経済的コストへの警鐘、主要国の首脳らの残留支持発言にも関わらず、世論調査では離脱支持の勢いが衰えない(図表15)。
その原因の1つとして、オンラインを通じた世論調査は電話調査よりも、より強い思いを抱く離脱派の支持が高く出やすいという点が指摘される。
しかし、世論調査の特性だけが、離脱支持率が落ちない原因とは考え難く、やはり「コストを払うことになっても軌道修正すべき」と考える現状への不満や不安を抱く有権者が少なくないと見る必要がある。
英国民は、そもそもEUの官僚主義や法規制に批判的だが、近年の移民の増大がEUへの不満や不安を増幅しているように感じられる。OECDの調べによれば
16、英国の総人口に占める外国生まれ人口の比率は、主要国の平均的な水準だ(図表14)。しかし、(図表9)で見たとおり、政府が移民流入抑制方針を掲げても、ここ2年は30万人超の純流入と過去最高の更新が続く。さらに、EUには、シリアなど中東・北アフリカからの難民が危機的水準で流入している。トルコや旧ユーゴスラビア諸国など現在のEUの加盟国の平均よりも所得水準が低い国々が潜在的加盟国として控えている。将来のEUの拠出金への負担やEUからの移民の増大などを連想しやすい状況になっている。
世界金融危機以降、英国では財政緊縮が続いていることも(図表15)、移民の増大と相互に影響を及ぼし合う形で、現状の変更を求める機運につながっているように思われる。実証研究では、EUからの移民は就労を目的としており、移民はむしろ財政や社会保障制度の支え手となっているという結果が得られている。それでも、一般の国民の間には、手厚い社会保障を目的に移民が流入し、むしろ負担になっているという疑念も根強い。