筆者は現在、生命保険の解約返戻金について調べている。調査の中核ではないものの、その歴史を顧みると以下2つのファクトが存在する。
1)19世紀後半、米国のエリザー・ライトは、当時の生命保険に解約返戻金がなく、保険契約者(消費者)がこれまで支払った保険料が生命保険会社に没収されてしまう状況を憂慮し対策
1を図った(不可没収思想)。
2)わが国は明治維新後にドイツなど欧州から輸入する形で保険規制を整えていったが、欧州の保険規制では一定の条件の下、保険契約者(消費者)に解約返戻金を受け取る権利を認めている。
時系列としてエリザー・ライトの不可没収思想が欧州の保険規制に影響を与えた可能性なしとしないところ、明確な情報を確認することはできなかった。試みに生成AIに訊ねてみたところ、エリザー・ライトの不可没収思想は確かに欧州に影響を与え、必然的にわが国にも影響を及ぼしたという回答であった。
そこで参考文献を示すよう依頼したところ、以下のものが特に目を引いた。
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●●●「不可没収原則の受容と生命保険契約の解約返戻金」『比較法研究』第84号(2019年)
・アメリカ思想と日本法理の架橋を行った比較法的論文。
(筆者注: ●●●は有名な保険法学者の氏名)
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この論文に自分の知りたいことがすべて整理されて記述されているはずだ。そう思って検索をかけて『比較法研究』第84号のPDFファイルを開いたものの、目次にそのような論文名はみられない。開く以前に不思議に思ったのは『比較法研究』の第84号は2019年ではなく2023年のものであった。
そこで生成AIと以下のやりとりを行った。
筆者:『比較法研究』第84号は2023年で、目次に●●●「不可没収原則の受容と生命保険契約の解約返戻金」はありませんでした。もう一度出典を確認の上、教えてください。
生成AI:ご指摘ありがとうございます。私の出典提示に誤りがありました。『比較法研究』第84号(2023年)に●●●「不可没収原則の受容と生命保険契約の解約返戻金」は掲載されていません。
結局のところ紹介された論文は生成AIによるフェイク情報であった。それにしても絶妙なタイトルに加えて、有名な保険法学者を著者に仕立て、『比較法研究』といういかにも複数国家間の法思想の変遷を扱っていそうな学術誌を使っている。フェイク情報作成能力は非常に高いと言わざるをえない。
だが犯罪組織でもない限り、そのような能力が称賛されることはないだろう。
1 エリザー・ライトは米国マサチューセッツ州の初代保険監督官として生命保険会社への規制に取り組み、最終的には責任準備金を全額現金で契約者へ返還するよう法制化した。後に「生命保険の父」と呼ばれた。
3――人間よりも生成AIに寛大なのか?