EUの第19弾制裁パッケージに先立つ10月22日、米国が第2期トランプ政権で初となるロシアへの制裁の強化を発表した。
トランプ大統領は、西側がエネルギー制裁を強化しても、中国やインド、トルコなどが安価にロシア産エネルギーを調達し、戦費を供給、制裁の効果が削がれることを問題視してきた。EUによる脱ロシア石炭、石油の穴は、対ロシア制裁未参加の中国、インド、トルコ、などが埋めている
10。米国は、インドは、ロシア産原油の購入を理由に25%の追加関税を上乗せし、欧州には制裁の抜け穴を封じる行動を求めてきた。EUが25年7月18日に採択した第18弾パッケージでは、22年12月に発効した西側諸国が再保険適用の条件として設定したロシア産原油・石油製品の価格上限(1バレル=60ドル)の47.6ドルへの引き下げ、「ノルド・ストリーム」パイプラインとの取引禁止、ロシア産原油由来の石油精製品の輸入禁止などが盛り込まれた。第19弾パッケージは、LNG輸入禁止のほか、ロシアの収益源となっている第3国の事業者への制裁として中国の事業体への制裁も盛り込まれた。西側の制裁回避ルートとなっている再保険をかけない「影の船団」の船舶所有者の特定と制裁も段階的に強化されており、第19弾パッケージまでに557隻が対象となっている。
他方、米国による制裁の強化には慎重な姿勢をとってきた。プーチン大統領との直接交渉、停戦の仲介を優先する思惑があったと思われている。
10月22日の制裁措置の発表に至るまでも紆余曲折があった。トランプ大統領は10月17日に予定されていたゼレンスキー大統領との会談を控えた16日にプーチン大統領と電話会談を行った。8月のアラスカ会談に続き、2週間以内にハンガリーの首都ブダペストで対面の首脳会談を開催する可能性があるとの発表もあった。他方、17日のゼレンスキー大統領との会談では、長距離射程トマホーク・ミサイルの供与に慎重な姿勢を示した。結局、22日になって、トランプ大統領は「目指す場所に到達できないと感じた」として首脳会談の見送りを表明、同日、米国財務省はロシアの石油大手2社(ロスネフチとルクオイル)と、その子会社の34社をドルを使った金融制裁の対象とする「特別指定国民(SDN)」に指定した。金融制裁は、「ドルが世界の基軸通貨になっているからこそ可能」で、「アメリカという巨大な市場を持っているからこそできる制裁」である
11。ロシアとウクライナの戦争などを理由にSDNに追加された事業体は、米国の輸出管理規則の「エンティティー・リスト(EL)」にも指定されることによっても、制裁の効力は増す
12。
トランプ大統領は、ロシア・ウクライナ戦争を巡って、時にプーチン大統領寄りと受け止れる発言をしてきた。ロシアを安全保障の脅威と見る欧州首脳は、第2期トランプ政権の発足以降、大統領の停戦への意欲を前向きに受け止めている。同時に、米国がウクライナと欧州の頭越しに、ロシアを利する停戦合意をまとめるリスクを警戒してきた。米国が、紆余曲折を経ながらも、ここにきて対ロシア制裁を強化し、ロシアへの圧力を強める方向に舵を切ったことは、欧州にとって基本的に歓迎すべき動きである。他方で、欧州には、イラン制裁を巡って、米国の「一次制裁」の対象となっている企業と取引をしたことで「二次制裁」の対象となった経験もある。米国の制裁発表後、ドイツは、ウクライナ侵攻後に、同国のエネルギー規制当局の管理下においたロスネフチのドイツ国内事業が対象となることを懸念していた
13。ドイツは、米国政府から制裁対象外とする保証を書面で取り付けることができたとされる。
米国の制裁が、今後、どのような形で運営されて行くのかは、潜在的な効果が大きいだけに、注視が必要である。