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新たな局面に入るロシア制裁・ウクライナ支援

2025年11月05日

(伊藤 さゆり) 欧州経済

ロシアのウクライナ侵攻開始から3年8カ月が経過した。1年前に米国の大統領選で勝利したトランプ氏は、選挙戦中から、『私が就任すればプーチンと直ちに交渉を始め、ウクライナとの停戦を可能にする』と主張し、就任後も『即時停戦、交渉開始を呼びかける』と発言してきた。だが戦闘は今も続いている。

ここにきて、欧米によるロシアへのエネルギー制裁の強化や、ウクライナ支援における欧州の比重の高まり(1ページ図表参照)、さらに凍結したロシアの資産の活用をめぐる議論の本格化など、新たな展開が見られる。

EUはロシア産天然ガス輸入段階的廃止規則案

EUはロシア産天然ガス輸入段階的廃止規則案と第19弾制裁を採択、LNGは27年から禁輸

EU理事会(閣僚理事会)は、10月20日に「ロシア産天然ガスの輸入を段階的に廃止する規制案(以下、規則案)」1で合意、23日にロシア産液化天然ガス(LNG)の輸入禁止を盛り込んだ対ロシア制裁の第19弾のパッケージを採択した2

規則案は、欧州委員会が今年5月に提示した「ロードマップ」3に基づいて、LNGとパイプラインガスの双方の25年6月17日以前の契約について、短期契約は26年6月17日以降、契約期間が1年以上の長期契約は28年1月1日から禁止する。第19弾制裁パッケージでは、LNGのみを対象とし、短期契約は2026年4月25日から、長期契約は2027年1月1日からと、規則案よりも1年前倒しで禁止する。

規則案では、各国は2026年3月1日までに欧州委員会に28年1月1日からの全面輸入期限に向けた「国家多様化計画」を提出する。同計画は、秘密保持規則の対象とし、加盟国の同意なく開示はしない。欧州委員会は必要に応じて国家や地域、EUレベルでの調整を提案し、多様化を支援する。規則案では、「エネルギー供給の安定を著しく脅かす事態が発生」した場合の輸入禁止措置の一時的な適用停止も可能とするが、期間、範囲は限定する。
 
1 Council of the EU (2025a)"Proposal for a REGULATION OF THE EUROPEAN PARLIAMENT AND OF THE COUNCIL on phasing out Russian natural gas imports, improving monitoring of potential energy dependencies and amending Regulation (EU) 2017/1938- General approach" 20 October 2025
2 Council of the EU(2025b) "19th package of sanctions against Russia" 23 October 2025
3 European Commission "Roadmap towards ending Russian energy imports" COM(2025) 440 final。なお、ロードマップには天然ガス、石油の他に、原子力分野でのロシア依存からの脱却についても取り上げているが、原子力燃料および核物質に関しては、ウランの採掘から変換・濃縮、燃料集合体の製造・輸送・使用済燃料管理に至るまで多段階のサプライチェーンが構築されており、かつ既存契約・技術インフラが深く繋がっているため、今回の規制案とは別に立法措が講じられる見込みである。

規則案ではパイプライン・ガス、原油も28年禁輸に

規則案ではパイプライン・ガス、原油も28年禁輸に

これらの決定は、ロシアのウクライナ侵攻開始を契機とする脱ロシア化石燃料の取り組みの延長線上にある。

EU加盟国首脳は、22年3月に「ヴェルサイユ宣言」で、ロシアから化石燃料輸入を段階的に減らし、最終的に脱ロシアを実現することを確認している。同年5月には、省エネルギーと、エネルギー源の多様化、クリーンエネルギーの推進により、ロシアへのエネルギー依存度を引き下げる「REPowerEU計画」を立ち上げた。

22年5月の第5弾パッケージでEUが制裁対象とした石炭はすでに脱ロシアが実現している(図表1-左)。石油は、22年6月の第6弾パッケージで海上輸送による原油輸入と石油精製品を制裁対象としたが、内陸国のハンガリー、スロバキア、チェコが輸入するパイプライン経由の原油は適用を猶予した。このため、EUは、なお石油輸入のうち3%をロシアに依存している(図表1-中)。しかし、今回の規則案によって、例外的に認められてきた内陸国のパイプライン石油輸入も、1年以上の長期契約の天然ガスと同じく28年1月1日から禁止対象とする。

この間、代替供給源の能力の拡大、EUのガス市場の相互接続、輸入インフラの改善、地域レベル、EUレベルでの支援の枠組みの整備などが進展した。規則案採択の背景には、ロシア産エネルギーの代替が困難と見られた内陸国でも、エネルギー価格の急騰を招くことなく、代替先を確保できるとの判断が可能になったことがある。

ロシアの天然ガスの武器化は非対称的ショック

ロシアの天然ガスの武器化は非対称的ショック。成長モデルの転換を迫られたドイツ

EUは天然ガスを制裁対象としなかったが、「ロシアによるガス供給の武器化と意図的なガス供給妨害を通じた市場操作」4によって、エネルギー価格は急騰、インフレが高進し(図表2)、EUは、省エネルギーや、代替調達先の確保、エネルギー価格安定化対策、ユーロ導入以来の最速のピッチでの大幅な金融引き締め(図表3)などの危機対応を迫られた。
ロシアによるウクライナ侵攻と、天然ガスの武器化は、ロシア産天然ガスへの依存度の違いなどから、EUにとって非対称的なショックとなった。主要国の間では、スペインが予想以上の好調を保つ一方、ドイツは23~24年は2年連続のマイナス成長となり、25年も低調な推移が続いている(図表4)ドイツは域外輸出依存度が高く、中国経済の減速や米国の関税政策などの影響を受けやすい。加えて、エネルギー集約度の高い素材産業などで、長期契約の安価なロシア産パイプライン・ガスを利用してきたことから、ロシアによるガスの武器化が競争力に及ぼした影響は大きかった。ドイツは、ウクライナ侵攻後の安全保障、エネルギー調達環境の激変、中国経済の変容、最大の輸出相手国である米国の関税引き上げによる貿易不均衡是正策という「三重苦」により、経済成長のモデルの転換を迫られている。ドイツの成長率は2026年には回復が見込まれるが(図表6)、防衛とインフラ支出のための大規模財政出動によるもので、厳しい調整局面を脱する訳ではない。
 
4 前掲Council of the EU(2025a) 5頁。22年中にロシアとドイツを結ぶパイプライン「ノルド・ストリーム」と、ポーランド経由の「ヤマル・パイプライン」を通じた輸送が止まった。

天然ガス輸入のロシア依存度は低下

天然ガス輸入のロシア依存度は低下も依然EUは最大の買い手。禁輸でようやく矛盾が解消

厳しい調整のプロセスを経て、EUの天然ガスのロシアへの依存度は、21年時点の45%から24年までに19%まで低下(図表1-右)、24年末に「ウクライナ経由のパイプライン」を通じた輸送が契約失効で停止したため、25年にはさらに13%まで低下する5

EUのロシア・ガス依存度は大きく低下したものの、依然としてEUは、LNGとパイプライン・ガスの双方において、ロシア産ガスの最大の買い手である6。規則案の実行によって、ウクライナを支援(表紙図表参照)する一方で、ロシアにエネルギーの輸入代金を支払い続け、ロシアの継戦能力を支えるEUが抱え続けてきた矛盾をようやく解消できる。
 
5 前掲European Commission
6 前掲Vaibhav Raghunandan et al.

脱ロシアが遅れるハンガリーとスロバキア

脱ロシアが遅れるハンガリーとスロバキアも最終的には拒否権を取り下げ

内陸のハンガリーとスロバキアは、ロシアからのパイプライン原油とガスのへの依存度が例外的に高い(図表6)。22年6月からの原油制裁の適用猶予の対象となってきたチェコ、ハンガリー、スロバキアの3カ国のうち、チェコは、今春、イタリアを起点とするパイプライン「TAL」の拡張計画が完成したことで、「ドルジバ・パイプライン」を通じたロシア産原油の輸入代替の目途が立っている。他方、ハンガリーは21年の61%から24年には86%へと却って依存度を高め、21年時点で96%をロシアに依存していたスロバキアは、24年時点でも87%と依存度が高い(図表6-左・中)7。パイプラインを通じた天然ガス輸入も、20年に稼働したロシアとトルコを結ぶパイプライン「トルコ・ストリーム」を通じた南東欧や中欧のロシア産ガスの輸入は割安さもあって増大している8。両国のロシアからのパイプライン・ガスへの依存度は57%から70%へと上昇している(図表6-右)。

両国は規則案に反対だが、閣僚理事会での規則案の採択は「特定多数決9」によるため拒否権は行使できない。このため両国は、「全会一致」を要する対ロシア制裁での拒否権で規則案を牽制した。これにより、エネルギー制裁の強化が盛り込まれた第18弾、第19弾の対ロシア制裁パッケージの採択は、当初の予定より、およそ1か月遅れたが、最終的には両国は拒否権を取り下げた。
 
7 Issac Levi et al. "The Last Mile Phasing Out Russian Oil and Gas in Central Europe" 15 May 2025, CREA<
8 Brugel Dataset "European natural gas imports" 15 October 2025
9 EU理事会における投票手続の一つで、加盟国のうち少なくとも55%(現在は15か国以上)が賛成し、かつEU人口の少なくとも65%を代表する場合に採択が成立する。

抜け穴を警戒

抜け穴を警戒、停戦仲介優先と見られた米国も第2期トランプ政権で初の追加制裁を発動

EUの第19弾制裁パッケージに先立つ10月22日、米国が第2期トランプ政権で初となるロシアへの制裁の強化を発表した。

トランプ大統領は、西側がエネルギー制裁を強化しても、中国やインド、トルコなどが安価にロシア産エネルギーを調達し、戦費を供給、制裁の効果が削がれることを問題視してきた。EUによる脱ロシア石炭、石油の穴は、対ロシア制裁未参加の中国、インド、トルコ、などが埋めている10。米国は、インドは、ロシア産原油の購入を理由に25%の追加関税を上乗せし、欧州には制裁の抜け穴を封じる行動を求めてきた。EUが25年7月18日に採択した第18弾パッケージでは、22年12月に発効した西側諸国が再保険適用の条件として設定したロシア産原油・石油製品の価格上限(1バレル=60ドル)の47.6ドルへの引き下げ、「ノルド・ストリーム」パイプラインとの取引禁止、ロシア産原油由来の石油精製品の輸入禁止などが盛り込まれた。第19弾パッケージは、LNG輸入禁止のほか、ロシアの収益源となっている第3国の事業者への制裁として中国の事業体への制裁も盛り込まれた。西側の制裁回避ルートとなっている再保険をかけない「影の船団」の船舶所有者の特定と制裁も段階的に強化されており、第19弾パッケージまでに557隻が対象となっている。

他方、米国による制裁の強化には慎重な姿勢をとってきた。プーチン大統領との直接交渉、停戦の仲介を優先する思惑があったと思われている。

10月22日の制裁措置の発表に至るまでも紆余曲折があった。トランプ大統領は10月17日に予定されていたゼレンスキー大統領との会談を控えた16日にプーチン大統領と電話会談を行った。8月のアラスカ会談に続き、2週間以内にハンガリーの首都ブダペストで対面の首脳会談を開催する可能性があるとの発表もあった。他方、17日のゼレンスキー大統領との会談では、長距離射程トマホーク・ミサイルの供与に慎重な姿勢を示した。結局、22日になって、トランプ大統領は「目指す場所に到達できないと感じた」として首脳会談の見送りを表明、同日、米国財務省はロシアの石油大手2社(ロスネフチとルクオイル)と、その子会社の34社をドルを使った金融制裁の対象とする「特別指定国民(SDN)」に指定した。金融制裁は、「ドルが世界の基軸通貨になっているからこそ可能」で、「アメリカという巨大な市場を持っているからこそできる制裁」である11。ロシアとウクライナの戦争などを理由にSDNに追加された事業体は、米国の輸出管理規則の「エンティティー・リスト(EL)」にも指定されることによっても、制裁の効力は増す12

トランプ大統領は、ロシア・ウクライナ戦争を巡って、時にプーチン大統領寄りと受け止れる発言をしてきた。ロシアを安全保障の脅威と見る欧州首脳は、第2期トランプ政権の発足以降、大統領の停戦への意欲を前向きに受け止めている。同時に、米国がウクライナと欧州の頭越しに、ロシアを利する停戦合意をまとめるリスクを警戒してきた。米国が、紆余曲折を経ながらも、ここにきて対ロシア制裁を強化し、ロシアへの圧力を強める方向に舵を切ったことは、欧州にとって基本的に歓迎すべき動きである。他方で、欧州には、イラン制裁を巡って、米国の「一次制裁」の対象となっている企業と取引をしたことで「二次制裁」の対象となった経験もある。米国の制裁発表後、ドイツは、ウクライナ侵攻後に、同国のエネルギー規制当局の管理下においたロスネフチのドイツ国内事業が対象となることを懸念していた13。ドイツは、米国政府から制裁対象外とする保証を書面で取り付けることができたとされる。

米国の制裁が、今後、どのような形で運営されて行くのかは、潜在的な効果が大きいだけに、注視が必要である。
 
10 Vaibhav Raghunandan et al. "September 2025 — Monthly analysis of Russian fossil fuel exports and sanctions" 14 October 2025, CREA参照
11 鈴木一人著「地経学とは何か─経済が武器化する時代の戦略思考─」新潮選書、214頁
12米財務省、ロシアの石油大手に制裁発動、ロシアの停戦努力の欠如を理由に」ジェトロビジネス短信2025年10月27日
13 "Germany races to secure US sanctions exemption for Rosneft refineries", Financial Times, Oct 24 2025

経済研究部   常務理事

伊藤 さゆり(いとう さゆり)

研究領域:経済

研究・専門分野
欧州の政策、国際経済・金融

経歴

・ 1987年 日本興業銀行入行
・ 2001年 ニッセイ基礎研究所入社
・ 2023年7月から現職

・ 2015~2024年度 早稲田大学商学学術院非常勤講師
・ 2017年度~ 日本EU学会理事
・ 2017~2024年度 日本経済団体連合会21世紀政策研究所研究委員
・ 2020~2022年度 日本国際フォーラム「米中覇権競争とインド太平洋地経学」、
           「欧州政策パネル」メンバー
・ 2022~2024年度 Discuss Japan編集委員
・ 2022年5月~ ジェトロ情報媒体に対する外部評価委員会委員
・ 2023年11月~ 経済産業省 産業構造審議会 経済産業政策新機軸部会 委員
・ 2024年10月~ 雑誌『外交』編集委員
・ 2025年5月~ 経団連総合政策研究所特任研究主幹

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