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潜在成長率は変えられる-日本経済の本当の可能性

2025年10月30日

(斎藤 太郎) 日本経済

3――潜在成長率の先行き試算

潜在成長率は現実のGDP成長率に大きく左右される。ここで、先行きの成長率によって将来、過去の潜在成長率がどのように変化するかをシミュレーションした4。前提としては、15歳以上人口、労働力率、総労働時間、資本ストックなどを先行きの成長率に応じて先延ばし5した上で、2027年度末まで(2025年7-9月期~2028年1-3月期)の成長率が前期比年率2%、1%、0%で推移した場合の潜在成長率を試算した。

2%成長、1%成長の場合、2027年度末にかけて潜在成長率は上昇し、2027年度下期の潜在成長率は2%成長の場合が1.3%、1%成長の場合が0.8%となる。0%成長の場合、潜在成長率は足もとの水準から低下し、2027年度下期には▲0.0%となる(図表11)。
また、2%成長、1%成長の場合は、足もと(2025年度上期)やそれ以前の潜在成長率の水準が現在の推計値よりも高くなる。2025年度上期の潜在成長率は現時点の0.6%から2%成長で0.9%、1%成長で0.7%となる。逆に、0%成長の場合は2025年度上期の潜在成長率が0.2%まで低下する。
潜在成長率のシミュレーション結果を資本投入、労働投入、TFPに寄与度分解すると(図表12-1~3)、潜在成長率の変化に最も大きく寄与しているのはTFP上昇率の変動である。
今回のシミュレーションでは、実質GDP成長率が高いほど資本投入量、労働投入量の伸びが高くなることを想定しているが、トレンドの変化が潜在的な資本投入量、労働投入量の伸びに影響するため、変化幅は比較的小さくなる。その結果、現実のGDP成長率の変化の相当部分が現実のGDPと資本投入量、労働投入量の残差として算出されるTFP上昇率の変化となって表れることになるのである。
たとえば、2%成長が継続した場合、2027年度下期のTFP上昇率は現在の0.5%から0.9%まで高まる。このケースでは、先行きだけでなく足もと(2025年度上期)の潜在成長率も0.3%(0.6%→0.9%)高まるが、このうち0.2%がTFP上昇率の変化(0.5%→0.7%)によるものとなっている。

このことは、資本投入量、労働投入量の伸びが現在とそれほど変わらなくても現実の実質GDP成長率が高まれば、結果的にTFP上昇率が上がることで潜在成長率が高まる可能性があることを示唆している。
 
4 ニッセイ基礎研究所の潜在成長率の推計方法に基づくシミュレーション
5 15歳以上人口は3シナリオ共通、労働力率、総労働時間、資本ストックはシナリオ毎に異なる想定を置いた。

4――需要拡大が潜在成長率を引き上げる

4――需要拡大が潜在成長率を引き上げる

ここまで見てきたように、潜在成長率は概念的には日本経済の供給力を表す指標だが、実際には景気変動などに左右される現実のGDPによって決まる部分が大きい。したがって、現実の成長率を需要面から引き上げることができれば、その結果として潜在成長率も高まることが期待できる。
日本の実質GDP成長率の長期推移を需要項目別にみると、家計消費と設備投資の伸びが大きく低下しているのが目立つ。家計消費の伸びは1970年代の5.3%(年平均、以下同じ)、1980年代が3.7%、1990年代が1.7%、2000年代が0.8%、2010年代が0.4%、2020年以降が▲0.1%と低下傾向に歯止めがかかっていない。一方、設備投資は1970年代の3.1%から1980年代に7.4%に伸びを高めた後、1990年代(0.1%)、2000年代(▲0.3%)と急低下した。2010年代は2.3%と持ち直したが、2020年以降は0.4%と伸びが低下している。2020年以降の実質GDP成長率に対する寄与度は、家計消費が▲0.0%、設備投資が0.1%となっており、両者ともに経済成長にほとんど寄与していない(図表13)。
消費低迷の理由として、家計の節約志向や将来不安に伴う過剰貯蓄が挙げられることも多いが、マクロ的にみれば消費性向は長期的に上昇(貯蓄率は低下)している。消費低迷の主因は可処分所得の伸び悩みにある。

家計の可処分所得が伸びていない一因は、国全体の所得が家計に十分に回っていないことである。可処分所得の制度部門別分配率を見ると、家計の可処分所得分配率は2023年度には純ベースで66.8%、可処分所得(純)に固定資本減耗を加えた総ベースで55.0%となり、いずれも過去最低を更新した(図表14、15)。家計の可処分所得(総)の分配率は、1980年代の70%近い水準から長期にわたり低下傾向が続いている。

一方、企業の可処分所得の分配率は横ばい圏で推移しているが、政府は新型コロナウイルス感染症の影響で経常移転の支払いが膨らんだ2020年度を除いて、近年は分配率の上昇傾向が続いており、2023年度には純ベース、総ベースともに1990年代初頭のピークに近い水準に達した。
次に、可処分所得を家計や企業がどれだけ消費や投資に回したかを確認すると、家計の消費性向6は、1980年の80%台前半から長期にわたり上昇傾向が続き、2013~2014年度にかけては100%を上回った。消費性向は、2020年度には新型コロナウイルス感染症の拡大を受けた度重なる行動制限によって急速に落ち込んだが、その後は再び上昇し、2023年度には98.5%となった(図表16)。消費性向が100%近い(貯蓄率はほぼ0%)ということは可処分所得のほとんどを消費に回していることを意味する。可処分所得が十分に増えていないことが消費の低迷をもたらしている。

一方、企業の投資性向は、1990年代半ばまでは100%を上回っていた。このことは企業がキャッシュフローを上回る水準の設備投資を行っていたことを意味する。企業の投資性向は1990年代初頭の150%程度をピークに大きく低下し、1990年代後半に100%を割り込み、2010年には60%台前半と過去最低水準となった。その後、投資性向は若干持ち直しているものの、100%を大きく下回る水準での推移が続いている。企業は20年以上にわたって、設備投資をキャッシュフローの範囲内に抑えている。

設備投資停滞の主因が投資性向の低下であるのに対し、家計消費停滞の主因は消費の原資となる可処分所得が実質ベースで伸びていないことにある。

家計の可処分所得を増やすためのルートは雇用者報酬(雇用、賃金)のほかに、財産所得(利子、配当)の増加、所得税減税、社会給付の増加、社会負担の軽減など複数ある。

このうち、実質雇用者報酬は2021年10-12月期から前年比マイナスが続いていたが、名目賃金の伸びが大きく高まったことを受けて、2024年4-6月期に前年比1.4%と11四半期ぶりにプラスとなった後、2025年4-6月期まで4四半期連続で増加している。また、令和7年度の税制改正で実施された基礎控除の引き上げも可処分所得の押し上げに一定程度貢献することが見込まれる。さらに、財産所得のうち、企業収益の好調を受けてこのところ配当所得は大幅に増加しているが、「金利のある世界」が復活したことにより、先行きは利子所得の増加も期待できる。

問題は、名目所得の増加によってより高い税率が適用される課税所得区分に移行することで、実質的な増税となる「ブラケットクリープ」の問題が手つかずのままとなっていることである。インフレに応じて所得税率のテーブルを変更し、家計の実質可処分所得を恒常的に増やすことが求められる。

家計消費を中心に現実の成長率が高まれば、それに応じて潜在成長率も上昇し、日本経済に対する過度な悲観論の払拭につながることが期待される。企業の期待成長率7は近年1%台前半で停滞しているが、現実の成長率が高まれば期待成長率も上昇し、投資性向の上昇を通じて設備投資が活性化する可能性が高まるだろう。
 
6 家計の消費性向=家計消費支出÷(可処分所得(純)+年金受給権の変動調整)
7 内閣府「企業行動に関するアンケート調査」における実質経済成長率の今後3年間、あるいは5年間の見通し

5――まとめ

5――まとめ

ここまで見てきたように、潜在成長率は経済の供給力を示す概念とされるが、推計方法や推計に用いるデータに大きく依存する推計値であり、実際には需要面から決まる要素が多い現実のGDP成長率と強く連動する。

シミュレーション分析では、2027年度末まで2%成長が持続した場合には潜在成長率が1%台前半まで上昇する一方、ゼロ成長が継続すれば潜在成長率もゼロ近傍に低下することが示された。成長力の強化には供給サイドの改革のみならず、需要の継続的な拡大が不可欠である。

日本経済を需要面からみると、近年の日本経済の停滞は家計消費と設備投資の低迷に起因しているが、家計消費は実質可処分所得の伸び悩み、設備投資は企業の投資性向の低下により抑制されている。家計部門では名目所得の増加が実質増税につながる「ブラケットクリープ」により可処分所得が下押しされている。インフレに対応した税制の見直しなどで実質可処分所得を恒常的に増やすことによって、消費を喚起することが、設備投資の増加や潜在成長率の押し上げにもつながるだろう。

現在の潜在成長率はあくまでも過去の日本経済を定量的に捉えたものであり、現時点の潜在成長率を所与のものとして日本経済の将来を考える必要はない。需要の拡大を通じて現実の成長率を高めることが、日本経済が長期停滞から脱するための鍵となるだろう。

<参考文献>
一上響、代田豊一郎、関根敏隆、笛木琢治、福永一郎(2009)「潜在成長率の各種推計法と留意点」日銀レビュー,2009-J-13.

伊藤智、猪又祐輔、川本卓司、黒住卓司、高川泉、原尚子、平形尚久、峯岸誠(2006)「GDPギャップと潜在成長率の新推計」日銀レビュー,2006-J-8.

亀田制作(2009)「わが国の生産性を巡る論点~2000年以降の生産性動向をどのように評価するか~」日本銀行ワーキングペーパーシリーズ,No.09-J-11.

川本卓司、尾崎達哉、加藤直也、前橋昂平(2017)「需給ギャップと潜在成長率の見直しについて」日本銀行調査論文 2017.4.

斎藤太郎(2016)「日本の潜在成長率は本当にゼロ%台前半なのか」 ニッセイ基礎研究所「基礎研レポート」2016-8-31.

酒巻哲朗(2009)「1980年代以降のGDPギャップと潜在成長率について」、慶應義塾大学出版会「バブル/デフレ期の日本経済と経済政策」第1巻『マクロ経済と産業構造』p.3-32.

永濱利廣(2025)「経済の「サプライサイド強化」に対する誤解~潜在成長率上昇のためには総需要の長期拡大が不可欠~」 月刊資本市場 2025.4(No.476).

吉田充(2017)「GDPギャップ/潜在成長率の改定について」経済財政分析ディスカッション・ペーパー DP/17-3.

経済研究部   経済調査部長

斎藤 太郎(さいとう たろう)

研究領域:経済

研究・専門分野
日本経済、雇用

経歴

・ 1992年:日本生命保険相互会社
・ 1996年:ニッセイ基礎研究所へ
・ 2019年8月より現職

・ 2010年 拓殖大学非常勤講師(日本経済論)
・ 2012年~ 神奈川大学非常勤講師(日本経済論)
・ 2018年~ 統計委員会専門委員

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