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中期経済見通し(2025~2035年度)

2025年10月10日

(経済研究部)

1.トランプ大統領の政策が世界経済の新たな不確実性に

(トランプ大統領は広範囲・高強度の関税政策を実施)
世界成長率は、2020年の新型コロナウイルス流行、2022年のロシアによるウクライナ侵攻といった落ち込みを経験したのち、2023年には概ねコロナ禍前と同様の伸び率に回帰した。一方、主要先進国で見舞われた高インフレは内生化が進んだため鎮静化に時間を要した。2024年以降は欧米中銀も緩慢ながらもインフレ率の低下が続いたことを受けて金融引き締め姿勢から転換し、経済データを見極めつつ段階的な利下げを実施してきた。
2025年に米国で発足した第2次トランプ政権は世界経済に新たな不確実性をもたらしている。トランプ大統領は就任後、相次いで既存の国際秩序を変更するような政策を講じている。通商領域ではルールに基づく自由貿易を否定し、大統領令を活用してほぼ全ての地域に対する関税率を大幅に引き上げた。想定以上に広範囲・高強度で講じられた関税政策は世界経済の成長率を押し下げる要因となる。また、関税政策をたびたび修正し、政策に関する一貫性のない発言も多いなど政策の先行きも予見し難い。日本やEUと一定の貿易合意に至ったものの、関税は年初よりも大幅に高い水準にとどまり、合意内容の実行可能性に疑問も残るなど、不確実性は解消されたわけではない。
(製造業景況感や消費者景況感は弱含み)
2025年入り後も世界貿易量や世界生産量は緩やかながらも伸び率を高めており、成長率も目立った落ち込みは見られない。関税政策による世界経済への悪影響はこれから本格化すると見られるが、世界経済は大規模な金融ショックや深刻な景気後退も回避している。一時は米中間の関税率が100%を超える水準まで引き上げられ、世界経済への深刻な悪影響が懸念されたものの、その後に米中ともに高関税を停止するなど、経済の落ち込みを回避する姿勢も示している。

一方、世界の企業景況感は、高インフレが深刻化した2022年終盤以降は製造業が中立水準の50前後で推移し、冴えない状況が続いている。インフレ率の沈静化が進み、欧米の金融政策も利下げサイクルに入っているが、米国の関税政策が製造業を中心とした企業景況感を押し下げている。消費者景況感も高インフレが深刻化した2022年よりは高いものの、コロナ禍前の水準と比較すると依然として低水準にとどまっている。関税引き上げによる景気減速懸念や不確実性の高まりが消費者心理を抑制していると見られ、米国ではインフレ再燃懸念も高まっている。
(経済を取り巻くリスクは大きい)
経済環境を取り巻く不確実性は非常に大きい。トランプ大統領の既存の国際秩序への攻撃的な姿勢が各国の成長率やインフレ率に影響を及ぼすのかの見極めは難しい状況にある。トランプ大統領の講じる政策は予見可能性が低いことに加え、例えば関税政策に関しては、対米輸出企業の販売戦略(競争力を保つために価格を引き下げるのか維持するのか、あるいは米国以外への輸出を強化するのかなど)、米国輸入企業の在庫状況や価格転嫁動向次第で、各地域で生じる影響度合いやタイミングは異なる。米国の自由貿易を否定する動きや予見可能性の低い状況自体は企業の投資意欲を低下させる可能性がある反面、米国リスクの軽減や供給網の再編・強靭化といった経済安全保障関連の投資を促進させる可能性がある。米国と主要国との貿易合意では巨額の対米投資や米国産エネルギー購入が含まれるが、各国の取り組み姿勢や実現性には不透明な部分も多い。

中長期的にはトランプ大統領の国際秩序への攻撃姿勢がドルの基軸通貨としての地位を揺るがすといった可能性も指摘できる。

米国外にもリスクを抱える。地政学リスクは引き続きくすぶっており、ウクライナや中東地域での紛争といった地政学的な緊張から供給網が混乱するリスクがある。

また、政府の債務残高には増加圧力が生じている。トランプ政権による要請に応じる形でNATO(北大西洋条約機構)加盟国の防衛費目標は大幅に引き上げられた。ドイツでは独自の財政規律ルールを改正し、国防費やインフラ投資等への支出が拡大できるようになった。米国ではトランプ大統領の掲げる減税法案が可決し、財政赤字の拡大が見込まれている。拡張的な財政政策は実体経済を押し上げる要因ではあるが、財政懸念が高まれば国債金利の上昇や、株の下落といった金融市場の混乱を通じて金融システムや実体経済に悪影響をもたらす可能性が高まる。

一方、生成AIなど生産性向上への寄与が期待される技術も普及し始めている。生成AIは労働力の減少といった構造的な課題への解決手段となる可能性を有しており、今後の発展・活用次第では成長率の押し上げ要因になると見られる。ただし、現時点において経済への影響度合いは未知数な面が多い。

本稿のメインシナリオでは、米国の政策については、関税政策に関して執筆時点で講じられている政策が継続し、新たな政策としては半導体への関税率引き上げ(15%)および医薬品への関税率引き上げ(25%)のみを想定した。この前提のもとで金融ショックの発生や深刻な景気後退入りは想定していないが、経済をとりまく不確実性は大きく、金融市場への悪影響や景気後退懸念は燻っている。
(世界成長率は中期的に緩やかに減速)
世界経済は、新型コロナウイルス感染症の影響で2020年に▲2.7%の大幅マイナス成長を経験した後、2021年はその反動で6.6%の高成長となった。しかし、その後は高インフレと金融引き締めの影響で回復ペースが減速し、世界経済の実質経済成長率は2022年以降、3%台半ばで推移している。中期的には予測期間にわたって鈍化傾向をたどり、予測期間末の2035年には2%台後半まで低下することが見込まれる。

先行きの成長率を先進国、新興国に分けてみると、新興国は先進国の成長率を一貫して上回るとみられる。しかし、少子高齢化に伴い潜在成長率の低下が進むことなどを背景に、新興国の成長率寄与度は予測期間後半には2%台前半まで低下すると予想する。
世界経済に占める新興国の割合(ドルベース)は2000年の20%程度から40%程度まで上昇している。新興国の成長率は今後緩やかに低下するものの、相対的には先進国よりも高い成長を続けることから、世界経済に占める新興国の割合は予測期間末には40%台半ばまで高まるだろう。
国別には、コロナ禍前までは経済規模で世界第2位である中国の世界経済に占める割合が拡大傾向を続け、2018年にはユーロ圏を上回った。ただし、先行きについては中国の名目成長率が予測期間後半にかけて緩やかに鈍化し、人民元のドルに対する相場が横ばい圏にとどまることから、予測期間中は米国の経済規模が中国を一貫して上回ると見込まれる。

中国に匹敵する人口を抱えるインドについては、予測期間中は人口増加が続くことから高い潜在成長率を期待でき、世界経済に占める割合を高めていく。2020年代後半にはインド経済は日本経済を上回ることが予想される。

一人当たりGDP(ドルベース)を見ると、日本は1980年代後半から1990年代まで米国を上回っていたが、2000年頃にその関係が逆転した後は一貫して米国を下回っている。日本の一人当たりGDPは円安の影響もあり、2022年以降は米国の4割強の水準まで低下した。過度な円安は修正され、今後も引き続き為替レートは円高方向に推移すると想定しているが、コロナ禍前の10年間と比較すると円安水準にとどまると見込まれる。また、今後10年間の日本の平均成長率は米国を下回ることが予想されるため、予測期間終盤も日本は米国の4割強の水準で推移することとなるだろう。また、ユーロ圏と比較すると、2024年時点で日本の一人当たりGDPは7割強であるが、予測期間の平均成長率がユーロ圏を下回るため、予測期間後半には7割程度まで低下するだろう。

一方、日本のGDPの水準は2010年に中国に抜かれたが、一人当たりGDPでみれば2024年時点でも中国の2.5倍程度の水準である。今後の成長率は中国が日本を大きく上回るものの、2035年でも日本の一人当たりGDPは中国の2倍以上の水準を維持するだろう。また、予測期間後半に日本のGDPを抜くインドは、一人当たりGDPでみれば2024年時点では日本の8%弱となっているが、10年後には10%強の水準まで上昇するだろう。