NEW

保険適用後の不妊治療をめぐる動向~ARTデータとNDBデータの比較

2025年09月18日

(村松 容子) 医療

3――医療費への影響

今回、データで示したのは採卵や胚移植の件数であるが、これらの施術に必要な検査や処置、投薬なども増加している。厚生労働省が公表した「令和4年4月に保険適用となった不妊治療に係る診療行為の医療費について10」によると、人工授精や抗ミュラー管ホルモン(AMH)等の検査を含めて、2023年度の医療費は約991億円だった。これは国全体の概算医療費(約47.3兆円)の約0.21%に相当する。25~44歳の女性に限定すれば、例年の医科医療費の6%程度を占める規模となる。

患者が負担するのはその3割程度で、残りは加入している公的医療保険が負担する。不妊治療にかかる費用については、保険適用前の調査で採卵や胚移植を含めて1回あたり50万円前後11とされており、現在も同程度と仮定すると、保険適用後は3割負担となっても15万円程度になる。高額療養費制度で定める自己負担限度額を超える世帯も多いと考えられ、その場合は、自己負担限度額近くまで軽減される。さらに、不妊治療は比較的短期間に集中的に行われることが多く、過去12か月以内に自己負担限度額に3回達した場合は、いわゆる「多数回該当(高額療養費制度における4回目以降の軽減措置)」の条件を満たすため、4回目以降の患者の負担はさらに軽減される。

一方で、先進医療の技術を用いた場合、その部分は全額自己負担となる。さらに、先進医療に含まれていない技術を用いる場合は、全額患者負担となるため、依然として経済的負担は大きい。そのため、多くの自治体では、保険適用外の治療費を対象とした独自の助成制度を設けているのが現状である。

なお、医療費の7割および高額療養費制度で患者負担が軽減された分は公的医療保険が負担する。そのため、組合健保など規模の小さい保険者や、加入者の年齢構成が若年層に偏っている保険者にとっては、財政への影響が出る可能性がある。
 
10 厚生労働省「令和4年4月に保険適用となった不妊治療に係る診療行為の医療費について(https://www.mhlw.go.jp/content/001297075.pdf)」
11 厚生労働省 子ども・子育て支援推進調査研究事業「不妊治療の実態に関する調査研究 最終報告書(https://www.mhlw.go.jp/content/000766912.pdf)」(2021年3月)

4――おわりに

4――おわりに

上述のとおり、日本産科婦人科学会の意見聴取では、保険診療への制度変更は不妊治療全体を前向きに進めるものと評価されている。これまで不明確だった患者数の実態も、42歳以下については他の保険診療と同様に把握可能となり、患者数や医療費、他の疾患との関連など、多様な情報が得られるようになった。これにより、出産に至るための知見も蓄積していくことを期待したい。

保険適用の最大の目的は、子どもを望むパートナーが、より早期に、身体的・経済的負担を抑えて治療を受けられる環境を整えることである。保険適用後は、年齢や治療回数の上限を超えた患者や先進医療を希望する患者に向けた助成金制度も多くの自治体で創設され、地域差が出てきている可能性がある。今後は、実際に治療開始年齢が早まっているか、より早期に、身体的・経済的負担を抑えて出産できているか、医療機関の偏在や施設ごとの質の差が生じていないかを継続的に確認することが求められる。

一方で、制度上の制約も残されている。助成金時代と同様に、年齢要件や回数要件が設けられていることから、患者からは上限緩和を求める声が引き続き寄せられている。また、9月に対象範囲が拡大された着床前胚異数性検査(PGT-A)については、さらなる対象の拡大を求める声もあるが、リスクや安全性への配慮から慎重に研究が進められているようだ。35歳以上を目安として対象が拡大されたが、現在、実施できる施設は限られていることから、将来的に知見の蓄積とともに施設数の拡大も望まれる。

なお、2022年の治療実績を2017年と比べると、最も伸び率が高かった年齢区分は50歳以上だった。第2次ベビーブーマー世代がこの間に50歳を迎えたことでこの年代の人口が増えたことが大きな要因であるが、年齢を重ねても子どもを望むパートナーが存在していることを示している。この点は、今後の治療機会や情報提供の在り方を考えるうえで、重要な示唆である。
レポートについてお問い合わせ
(取材・講演依頼)