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コラム

「最低賃金上昇×中小企業=成長の好循環」となるか?-中小企業に託す賃上げと成長の好循環の行方

2025年09月17日

(新美 隆宏) 成長戦略・地方創生

(2)販売価格DIと雇用人員DIの関係(図表5-1、5-2、5-3、5-4)
製造業、非製造業ともに販売価格DIと雇用人員DIの相関は高い(人手不足になると雇用人員DIはマイナスになるため相関係数はマイナス、図表5-1、5-3の雇用人員DIは逆目盛)。販売価格と人手不足の関係を表すビジネス環境(雇用人員DI)9を見ると、製造業・中小企業と非製造業はマイナスの期間が多く、人手不足による影響の販売価格への反映が十分ではなかった可能性がある。また、ビジネス環境(雇用人員DI)のマイナス幅は、大企業より中小企業の方が大きいため、中小企業の方がビジネス環境が厳しかったと思われる。
 
9 ビジネス環境(雇用人員DI)=販売価格DI+雇用人員DI。マイナスの場合は、販売価格に人手不足の要因が十分に反映されておらず、厳しいビジネス環境である可能性を表している。
(3)販売価格DIと需給DIの関係(図表6-1、6-2、6-3、6-4)
製造業、非製造業ともに販売価格DIと需給DIの相関は高いものの、製造業・大企業の相関係数などは仕入価格DIや雇用人員DIのものと比較するとやや低い。ビジネス環境(需給DI)10を見ると、製造業、非製造業ともにプラスの期間が多いが、これは需給DIがマイナスの期間が多い(需要が供給より低い需要不足の状態が続いた)ことによると考えられ、有効な情報ではない可能性がある。企業規模による違いを見ると、製造業は差があるものの、非製造業では大きな違いは見られない。
 
10 ビジネス(需給DI)=販売価格DI-需給DI。プラスの場合は、需給不足(供給超過)にも関わらず販売価格が上昇している可能性を表している。

<販売価格DIと各DIの複合的な関係について>

販売価格DIと3DI(仕入価格DI、雇用人員DI、需給DI)に関係があることが分かったため、販売価格DIを被説明変数、3DIを説明変数とする重回帰分析により複合的な関係を見たい。説明変数を3DIとした場合、需給DIは有意11でなかったため、これを除いた仕入価格DI、雇用人員DIのみを説明変数とする重回帰分析を行った。また、販売価格DIに対して、仕入価格DI、雇用人員DIのいずれの影響が大きいかを確認するため両DIそれぞれを標準化した(図表7)。なお、分析は4DIのデータを取得できる1990年12年~2025年6月の期間で行った。

企業規模について比較する。仕入価格DIの係数は、製造業・非製造業ともに大企業より中小企業の方が小さくなっており、企業規模による販売価格の交渉力の違いによると思われる。雇用人員DIの係数は、製造業では中小企業の方がやや小さいもののほぼ同水準、非製造業では中小企業の方が大きくなっている。一般的に中小企業の方が大企業より労務費の負担感が大きいことと整合的であり、特に非製造業でこの傾向が顕著と思われる。

次に、企業規模にかかわりなく製造業と非製造業を比較すると、製造業の係数は仕入価格DIが雇用人員DIより大きくなっている。一方で、非製造業の係数は雇用人員DIが仕入価格DIより大きくなっている。これにより、販売価格への影響は、製造業では原材料費(仕入価格)、非製造業では労務費(雇用状況)が大きく、それぞれの事業構造と整合的であることが分かる。
冒頭で述べたように、政府は「賃上げは成長戦略の要」と位置づけている。賃上げと成長は鶏と卵のようにいずれが先というものではなく、継続的に循環することが重要である。中小企業庁の資料により、中小企業の価格転嫁は進みつつあるものの、対応の継続が必要であることが分かった。また、企業規模による価格転嫁の差異については、今回の分析では、労務費や原材料費の販売価格への価格転嫁は、企業規模により差があり大企業より中小企業の方が進んでいなかったと思われる。特に非製造業の中小企業はこの傾向が強かったと考えられる。最低賃金の引き上げが経済成長へと繋がるためには、日本の企業・従業員の多くを占める中小企業が、このような条件下でも利益の確保することが必須条件であり、様々な中小企業向けの対策の実効性を高めなければならない。

本稿は、労務費をコストと位置付けて分析をしたが、発想を転換して「人材への投資」と考えることも可能であろう。この場合、人材への投資が新たな付加価値を生み出し、この新規分の付加価値を価格転嫁すれば好循環に繋がり易くなるのではないか。

大幅な供給超過であった需給ギャップは足元では改善しており、また各種の政策の後押しもあって中小企業が価格転嫁を行い易い環境となっている。踏み出した賃上げの一歩目が、次の成長に、そして賃上げの二歩目に繋がり、真の好循環を生み出すことを期待したい。「成長の好循環」が継続するか否かは中小企業に託されている。
 
11 有意であるかの判断はt値を用いた

総合政策研究部   上席研究員

新美 隆宏(にいみ たかひろ)

研究領域:

研究・専門分野
金融・経済政策、企業年金、資産運用・リスク管理

経歴

【職歴】
 1991年 日本生命保険相互会社入社
 1991年 ニッセイ基礎研究所
 1998年 日本生命 資金証券部、運用リスク管理室
 2006年 ニッセイ同和損害保険(現 あいおいニッセイ同和損害保険)
 2011年 ニッセイ基礎研究所
 2015年 日本生命 特別勘定運用部、団体年金部
 2025年 ニッセイ基礎研究所(現職)

【加入団体等】
・日本証券アナリスト協会 認定アナリスト

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