インド経済の見通し~関税逆風下でも、政策効果により内需主導で6%成長を維持

2025年09月04日

(斉藤 誠) アジア経済

GDP統計の結果:5四半期ぶりの高水準、予想上回る

2025年4-6月期の実質GDP成長率は前年同期比+7.8%となり前期の同+7.4%から上昇、Bloombergが集計した市場予想(同+6.7%)を上回った1(図表1)。

4-6月期の実質GDPを需要項目別にみると、内需は民間消費が前年同期比+7.0%(前期:同+6.0%)と上昇、政府消費が同+7.4%(前期:同▲1.8%)と増加に転じた。一方、総固定資本形成は同+7.8%(前期:同+9.4%)と鈍化した。

外需は、輸出が同+6.3%(前期:同+3.9%)と上昇、輸入が同+10.9%(前期:同▲12.7%)と急増した。
2025年4-6月期の実質GVA成長率は前年同期比+7.6%(前期:同+6.8%)と上昇した(図表2)。

産業部門別に見ると、まず第三次産業が同+9.3%(前期:同+7.3%)と好調だった。行政・国防(同+9.8%)、金融・不動産(同+9.5%)、貿易・ホテル・交通・通信(同+8.6%)が揃って上昇した。

第二次産業は同+6.3%(前期:同+6.5%)と小幅に低下した。シェアの大きい製造業が同+7.7%(前期:同+4.8%)と上昇したものの、建設業が同+7.6%(前期:同+10.8%)、電気・ガスが同+0.5%(前期:同+5.4%)とそれぞれ鈍化、鉱業が同▲3.1%(前期:同+2.5%)と減少した。

第一次産業は同+3.7%(前期:同+5.4%)と低下した。
 
1 8月29日、インド統計・計画実施省(MOSPI)が2025年4-6月期の国内総生産(GDP)統計を公表した。

経済概況

経済概況:政府支出と駆け込み輸出により5四半期ぶりの高成長

インド経済は2023年度が内需主導で前年度比+9.2%の高速成長を記録したが、2024年度が同+6.5%と大きく減速、緩やかな成長局面へと移行した。しかし、2025年4-6月期には前年同期比+7.8%(前期:同+7.4%)という予想を上回る高成長を記録し、5四半期ぶりの高水準となった。

米国の追加関税や世界経済減速が懸念される中で、4-6月期の実質GDPの好調を支えたのはインフラ整備や政府消費など公共需要の押し上げに加え、民間消費の堅調な回復だ。まず政府の資本支出は4-6月期が前年同期比+52.0%となり、前期の同+39.2%から拡大した(図表3)。前年同期は総選挙の選挙期間中の予算執行が抑制されたため、ベース効果により高い伸びとなった。また政府消費は同+7.4%(前期:同▲1.8%) と高水準で、成長率への寄与が大きかった。

民間消費は同+7.0%(前期:同+6.0%)となり、堅調な伸びを示した。個人所得税減税による可処分所得の増加や、ラビ作(冬作)の好調による農村部の購買力の改善、そして低インフレや安定した雇用環境(図表4)が消費の押し上げ要因となった。一方で、高金利環境は消費の逆風となり、都市部の消費は抑制的だったとみられる。
固定資本形成について同+7.8%と、前期の同+9.4%から鈍化した。公共投資が大幅に増加したことを踏まえると、民間投資が伸び悩んだとみられる。インド準備銀行(RBI)による4-6月期の製造業の事業環境調査によると、現時点の景況感を表すビジネス評価指数(BAI)は109.6ポイントと、直近5四半期は横ばいで推移しており、民間企業の設備投資へのマインドが高まっている様子はみられない(図表5)。

純輸出は財・サービス輸出が同+6.3%(前期:同+3.9%)と加速した。通関ベースの貿易統計をみると、財輸出が同+4.3%(前期:同▲0.2%)と増加しており、トランプ米政権による追加関税を控えた駆け込み需要により米国向けの出荷が伸びたことが影響した(図表6)。またITサービス業の好調でサービス輸出は同+10.1%(前期:同+14.2%)と二桁成長を続けており、財・サービス輸出全体を押し上げたことが窺える。一方、財・サービス輸入(同+10.9%)は輸出や内需の拡大を反映して加速して輸出の伸びを上回った結果、純輸出の成長率寄与度は▲1.4%ポイント(前期:+3.7%ポイント)とマイナスとなった。
このように実質GDPは表面的には高成長を続けたが、名目GDPは前年同期比+8.8%となり、前期の同+10.8%から鈍化している(図表7)。GDPデフレーター(同+0.9%)が低い伸びにとどまったためであり、消費者物価上昇率(同+2.7%)よりも低く算定されている。実質GDPが経済の実力を反映しているかは慎重な見極めが必要である。

物価の動向

物価の動向:9か月連続で鈍化、8年ぶりの低水準に

インフレ率(消費者物価上昇率)は昨年、食品価格の高騰により概ね前年同月比+5%前後の水準で推移した(図表8)。しかし、食品価格は今年に入り鈍化を続けており、7月のCPI上昇率は同+1.6%と、2019年6月以来の水準まで低下している。

CPIの内訳をみると、主に食品(同▲1.8%)が低下している。特に、野菜は昨年の価格高騰に伴うベース効果、豆類は関税撤廃による安価な輸入品の流入により価格下落が続いているほか、豊作によって食品の国内供給量が増加している。また燃料・電力(同+2.7%)は国際原油価格の下落や再生可能エネルギー導入による価格安定により落ち着いた伸びが続いている。一方、コアCPI(同+4.1%)は金価格や教育・健康などのサービス価格の上昇により相対的に高めの伸びが続いている。

インフレ率の先行きについては、農産物価格の下落を背景に7-9月期まで2%台の低水準で推移するものの、年度後半はベース効果が一巡してインフレ率が上昇に転じると予想する。インフレ率の見通しを左右する農業生産についてみると、今年は南西モンスーンの着実な進展により6~9月の降雨量が長期平均を上回る水準(9月1日時点が107%)で推移している。また播種が順調で、播種面積が前年比+3%増の1,073万ヘクタールとなっており、カリフ作(夏作)も豊作が見込まれる。農業所得の増加を通じて農村部の需要が拡大、サービス価格を中心にインフレが押し上げられるだろう。このほか、通貨安に伴う輸入インフレにより物価に上昇圧力がかかる。インフレ率は年度末にかけて+4%台に上昇すると予想する。なお、天候リスクは引き続き食品価格の上振れ要因となるが、当面は農産物の供給量の増加が見込まれるため、食品価格は比較的落ち着いた伸びが続くとみられる。

金融政策の動向

金融政策の動向:10月の利下げで打ち止めへ

RBIは2022年にコロナ禍からの回復期におけるインフレ加速を受けて金融引き締めを続けた後、政策金利(レポレート)を6.5%の高水準で維持してきたが、2024年末から国内景気の減速と世界的な不確実性の高まりを受けて金融緩和局面が続いている。2024年12月には預金準備率(CRR)を0.5%引き下げ、2025年2月以降は3会合連続で利下げ(累計で1.0%ポイント)を実施している。政策金利は5.5%にまで低下し、金融政策のスタンスは「緩和的」から「中立」に変更となっている。

8月6日の金融政策委員会(MPC)では、これまでの金融緩和による経済への波及効果を見極めるために、政策金利を5.50%で据え置き、中立的なスタンスを継続するとした。また25年度のインフレ見通しを+3.7%から+3.1%に下方修正、成長率見通しを6.5%で維持した。

米国による追加関税や世界経済の不透明性などの外部リスクに警戒を要するなか、現在は低インフレが続いており、RBIは成長重視の姿勢から10月に0.25%の利下げを実施すると予想する。しかし、今後はベース効果の剥落や農村部の需要拡大を背景にインフレ率が+4%超まで加速すると予想されるため、その後は政策金利を5.25%で据え置き、追加利下げには慎重になるだろう。

経済研究部   准主任研究員

斉藤 誠(さいとう まこと)

研究領域:経済

研究・専門分野
東南アジア経済、インド経済

経歴

【職歴】
 2008年 日本生命保険相互会社入社
 2012年 ニッセイ基礎研究所へ
 2014年 アジア新興国の経済調査を担当
 2018年8月より現職

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