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ネットにおけるプライバシー権-投稿の削除と損害賠償

2025年07月16日

(松澤 登) 保険会社経営

5――SNS投稿

該当する判決は最高裁判決令和4年6月26日である(以下、本判決)。訴訟を通じて投稿削除の請求を行った事案である。図3の通り、削除要請対象はSNS投稿であるが、元はウェブサイトに掲載した記事の転載・引用であるケースである。
1|事実関係
上告人A(投稿削除を請求する者)は、平成24年4月、旅館の女性用浴場の脱衣所に侵入したとの被疑事実で逮捕された。Aは、同年5月、建造物侵入罪により罰金刑に処せられ、その罰金を納付した。上告人が上記被疑事実で逮捕された事実は、逮捕当日に報道され、その記事が複数の報道機関のウェブサイトに掲載された。同日、ツイッター上の氏名不詳者らのアカウントにおいて、上記の報道記事の一部を転載・引用して本件事実を摘示するツイートがされ、そのうちの一つを除き、その転載された報道記事のウェブページへのリンクが設定されたものであった。なお、報道機関のウェブサイトにおいて、本件各ツイートに転載された報道記事はいずれも既に削除されている。Aは現在、その父が営む事業の手伝いをするなどして生活している。また、上告人は、上記逮捕の数年後に婚姻したが、配偶者に対してこの事実を伝えていない。Aの名前で検索すると、検索結果としてこれらツイートが表示される。ツイッター社(現X社)に対して削除を求めたのが本訴訟である。
2|最高裁判決(総論)
「個人のプライバシーに属する事実をみだりに公表されない利益は、法的保護の対象となるというべきであり、このような人格的価値を侵害された者は、人格権に基づき、加害者に対し、現に行われている侵害行為を排除し、又は将来生ずべき侵害を予防するため、侵害行為の差止めを求めることができるものと解される」と判示した。本判決はプライバシー侵害の場合に「人格権」に基づき、差止請求をなしうることを最高裁として初めて明示したものと評価されている17

ツイートを削除できるかどうかは「本件事実の性質及び内容、本件各ツイートによって本件事実が伝達される範囲と上告人が被る具体的被害の程度、上告人の社会的地位や影響力、本件各ツイートの目的や意義、本件各ツイートがされた時の社会的状況とその後の変化など、上告人の本件事実を公表されない法的利益と本件各ツイートを一般の閲覧に供し続ける理由に関する諸事情を比較衡量して判断すべきもの」とされ、「上告人の本件事実を公表されない法的利益が本件各ツイートを一般の閲覧に供し続ける理由に優越する場合には、本件各ツイートの削除を求めることができるものと解するのが相当である」とする。
 
17 村田健介「自らの逮捕事実を速報するツイートをされた者がTwitterの運営者に対して上記ツイートの削除を求めることの可否」(ジュリスト1579号、2023年1月)p94参照。これまでもプライバシー侵害の場合、差止を事実上認めてきたが、判決文では初めて明記したということであろう。
3|最高裁判決(判断部分)
本判決では「軽微とはいえない犯罪事実に関するものとして、本件各ツイートがされた時点においては、公共の利害に関する事実であった」が、逮捕から原審口頭弁論終結時までに8年が経過しており、「本件事実の公共の利害との関わりの程度は小さくなってきている」とする。そして、「本件各ツイートは…上記報道記事の一部を転載して本件事実を摘示したものであって、ツイッターの利用者に対して本件事実を速報することを目的としてされたものとうかがわれ、長期間にわたって閲覧され続けることを想定してされたもので」はないとし、「本件事実を知らない上告人と面識のある者に本件事実が伝達される可能性が小さいとはいえない。加えて、上告人は、その父が営む事業の手伝いをするなどして生活している者であり、公的立場にある者ではない」とした。これら事情を踏まえると、「上告人の本件事実を公表されない法的利益が本件各ツイートを一般の閲覧に供し続ける理由に優越するものと認める」とされ、Aは本件各ツイートの削除を求めることができるとした。
4|小括
本件は昔に発信されたツイートについて、ツイッター社(現X社)に対して削除を求めた請求を認めたものである。上記のインターネット検索にかかる本決定と異なるのは、問題となったのが自社プラットフォーム上に掲示されている投稿であることだ。上述本決定が指摘する表現の自由の側面が上記インターネット検索決定で法的利益が「優越することが明らか」であったのが、本判決では「優越」と優越の程度が異なる。これはツイッターがインターネット検索のようなインターネット上の情報流通の基盤として大きな役割を有していないとの判断18があることに加え、投稿がツイッター社のプラットフォームに存在することも挙げられる。

ここで注意すべきは過去のツイートが問題になっているところだ。ツイートした時点では問題にならなかったものであっても、後日プライバシー侵害に該当するとされた。これは罪を犯した者の更生後の生活の安寧確保が、罪を贖ってから相当期間経過した場合には優先されるということを意味する。

なお、女性用浴場の脱衣所に新入したということではあるものの、罪状は建造物侵入にとどまることが判決に影響した可能性はある。
 
18 同上

6――検討-投稿にあたって注意すべきこと

6――検討-投稿にあたって注意すべきこと

1|プライバシーにかかる投稿
以上、検討してきたのは、提供者がプライバシー侵害を被った者から訴えられたケースである。また、4及び5で挙げた決定・判決は提供者に投稿削除を求めたものである。上述の通り、削除が認められるときには、削除に応じなければ提供者に対する損害賠償責任が生じうる。そして、提供者に損害賠償責任が生ずるということは、そもそも投稿自体がプライバシー侵害に該当するものとして、投稿者の損害賠償責任が問題となりうる。

ここではそれを踏まえて、SNSの一般投稿者が投稿にあたってどう気を付ければよいかを検討してみたい。SNS投稿がプライバシー侵害に該当する場合は、投稿者自体も不法行為による損害賠償責任を負うおそれがあるためである。

まず、他人について投稿するに際しては、未公開の情報なのか、さらに人に知られたくないものかどうかを判断する必要がある。人に知られたくないかどうかは内心の問題であることから、個人が特定できるような内容で他人の公開されていない情報を開示することは行ってはならないというのが原則である。たとえば自分の勤務先会社の顧客名簿に著名人が載っているからと言ってSNSに投稿するようなケースが挙げられる。前述の通り、氏名・住所のみであっても、たとえば地番まで公表すること自体、プライバシー侵害に該当する。

また勤務先会社の顧客であるという情報もそれが知られたくないというものであれば、プライバシー侵害に該当する。たとえば特定の銀行や保険会社の顧客であること自体も、自身の金融取引に関する情報に直結するため一般に知られたくない情報と言える(債権者が差し押さえの際必要とする情報でもある)。また、勤務先会社の顧客情報を公表することは、個人情報取扱事業者である事業者の個人データ漏えいに該当し、不正な目的があるときなど悪質性の高い場合には刑事罰が科される(個情法179条)。

なお、個人名を出さなくとも投稿文から個人が容易に推測できるものも、プライバシー侵害に該当するおそれがある。インターネットでは個人を特定しない報道について対象者を特定する動きが生ずることもある。この場合、個人を特定する投稿者が法的責任を問われるおそれがあると考えられる。
2|転載・引用
報道されている情報については、元情報を転載・引用(ツイッターではリツイート、Xではリポスト)する機能を利用して投稿することができる。この転載機能を用いて報道を転載することは、元となる報道がプライバシー侵害に該当するものでなければ、投稿もプライバシー侵害に該当しない。この点に関係し、米国での犯罪に絡んで日本での報道が過熱し、行き過ぎた報道がなされたという事案があった。このことについて述べた名誉毀損に関する最高裁判決平成14年1月29日がプライバシーについても参考となる。同判決では新聞社が通信社から配信を受け記事掲載を行ったことについて述べる。「新聞社が通信社から配信を受けて自己の発行する新聞紙にそのまま掲載した記事が私人の犯罪行為やスキャンダルないしこれに関連する事実を内容とするものである場合には、当該記事が取材のための人的物的体制が整備され、一般的にはその報道内容に一定の信頼性を有しているとされる通信社から配信された記事に基づくものであるとの一事をもって、当該新聞社に同事実を真実と信ずるについて相当の理由があったものとはいえない」とする。

個人が報道機関で報道されたものの真偽を判断することは難しいが、たとえば報道と言っても出所が真偽不明のSNSアカウントやインターネット掲示板などに記載されたものである場合においては、それを転載(リポスト)することはプライバシー侵害に該当するおそれがある。

最後に過去の投稿について考えてみる。上述の通り、犯罪にかかる過去の投稿もプライバシー侵害に該当するときがある。削除義務はあるのだろうか。この点については判例も見当たらない。ただ、プライバシー侵害は不法行為なので、侵害行為を予見し、回避義務があるかという問題になる。そうすると過去の投稿について一定の時期が経ったとして権利侵害に該当することを予見・回避、すなわち一定のタイミングで積極的に削除すべきという義務の存在が必要となる。しかし、この様な義務の存在を予見するというのは難しい。結論として、プライバシー侵害を被った者が投稿者の責任を追及するのは、投稿時にプライバシー侵害であった場合を除き、難しいということになると考えられる。

7――おわりに

7――おわりに

プライバシー侵害に該当する投稿については、以上述べてきた通りである。よく目にするのが、知人の氏名・連絡先をネット上で拡散するもの、匿名報道された個人を特定するもの、および自社の顧客情報を公表するものである。上述の通り、個人情報の漏えいに関する損害賠償は多額にはならないが、インターネット社会においてプライバシーを侵害された者の被害は拡大するおそれがある。また、いわゆるデジタルタトゥーとなり残り続け、あるいは多くのアカウントに転載されて削除要求では対応しきれないケースも考えられる。

このような多大な被害を生むこともあり、違法な投稿は慎むべきであることは、社会的常識として広く共有されている。

なお、本稿ではプライバシー権の一領域である肖像権関係の記載を行っていない。これについては後日を期すこととする。

保険研究部   研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長

松澤 登(まつざわ のぼる)

研究領域:保険

研究・専門分野
保険業法・保険法|企業法務

経歴

【職歴】
 1985年 日本生命保険相互会社入社
 2014年 ニッセイ基礎研究所 内部監査室長兼システム部長
 2015年4月 生活研究部部長兼システム部長
 2018年4月 取締役保険研究部研究理事
 2021年4月 常務取締役保険研究部研究理事
 2024年4月 専務取締役保険研究部研究理事
 2025年4月 取締役保険研究部研究理事
 2025年7月より現職

【加入団体等】
 東京大学法学部(学士)、ハーバードロースクール(LLM:修士)
 東京大学経済学部非常勤講師(2022年度・2023年度)
 大阪経済大学非常勤講師(2018年度~2022年度)
 金融審議会専門委員(2004年7月~2008年7月)
 日本保険学会理事、生命保険経営学会常務理事 等

【著書】
 『はじめて学ぶ少額短期保険』
  出版社:保険毎日新聞社
  発行年月:2024年02月

 『Q&Aで読み解く保険業法』
  出版社:保険毎日新聞社
  発行年月:2022年07月

 『はじめて学ぶ生命保険』
  出版社:保険毎日新聞社
  発行年月:2021年05月

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