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ネットにおけるプライバシー権-投稿の削除と損害賠償

2025年07月16日

(松澤 登) 保険会社経営

1――はじめに

2025年4月1日より、情報流通プラットフォーム対処法(正式名称は「特定電気通信による情報の流通によって発生する権利侵害等への対処に関する法律」、以下、「対処法」)が旧法1から名称改正のうえ施行された。

対処法の骨子はX(旧Twitter)、YouTube、Facebookといった情報流通を行うプラットフォームに他者の権利を侵害する投稿がなされたときであっても、プラットフォーム提供者(以下、「提供者」)がそのことを知らない限りは、提供者は責任を負わないとする(法3条)。同条の反対解釈としては、提供者が被侵害者(=プラットフォームで権利侵害を受けた者)から権利侵害の申立てを受けた場合において、それが権利侵害に該当するとき2には、同条の「他者の権利が侵害されていることを知っていたとき」に該当し、その後は被侵害者に対する損害賠償責任を免れないことになる。したがって提供者は権利侵害投稿の存在を知ったときには、これを削除しなければならない。したがって、損害賠償責任の認定と投稿削除は密接に関連しており、一体的に判断される。

また、被侵害者は提供者、及び電気通信役務を提供した者(フレッツ光やドコモネットといった電気通信プロバイダー)に対して、発信者の情報を開示するよう求めることができる(法4条)。発信者情報開示により、被侵害者は投稿者に対して損害賠償請求をすることが可能となる。

さらに直近の改正では、大規模な提供者であって指定を受けたもの(大規模特定電気通信役務提供者)は、被侵害者に対して、(1)申出窓口を明示する、(2)申出につき調査を行う義務を負う、(3)十分な知識・経験を有する侵害情報調査専門員を配置する、(4)原則として14日以内に申出に対する回答を行うといった義務を負うこととされた。

ネット上の権利侵害は大きく言えば、誹謗中傷とプライバシー侵害に分けられる。前者は過去の基礎研レポート3で解説したので、本稿では後者のプライバシー侵害について述べることとする。論ずるにあたっては主に裁判例と、情報流通プラットフォーム対処法ガイドライン等検討協議会の名誉毀損プライバシー関係ガイドライン4(以下、「ガイドライン」)を参考とする。
 
1 改正前は特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律
2 この判断は投稿を削除するかどうかについては提供者が行うが、その正当性については最終的に司法で判断されることとなる。
3 「情報通信プラットフォーム対処法-ネット上の誹謗中傷への対応」 https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=79202?site=nli 参照。
4 https://www.isplaw.jp/vc-files/isplaw/provider_mguideline_20250513.pdf 参照。

2――プライバシー侵害の法的評価

2――プライバシー侵害の法的評価

1総論
プライバシー権とは伝統的に、一人にしておいてもらう権利とされている。具体的には、個人の秘匿情報や私生活上の自由を他者から干渉・侵害されない権利のことをいい、昨今では自己の情報をコントロールする権利があるとする見解も有力になってきている5

プライバシー権は特定の法律ではなく、憲法13条の人格権にその根拠を持つ。プライバシーを侵害する行為は民法の不法行為(709条)に該当する。また、人格権の一つであるプライバシーを侵害する行為に対して、侵害行為を差し止められることが判例上認められている(後述)。

すなわち、プライバシーをインターネット上で公開された者はその記事や投稿を削除するよう要求することができ、不法行為による損害賠償請求を行うことが可能である。
 
5 宇賀克也「新・個人情報保護法の逐条解説」(有斐閣2021年)p49参照。
2プライバシーの具体的内容
プライバシー侵害のリーディングケースとなっているのが、東京地裁判決昭和39年9月28日の「宴のあと」事件である6。訴訟は、三島由紀夫の小説「宴のあと」のモデルとされた人物が、作品中の描写は私生活をのぞき見し、公開したものであるとして訴え、作者と出版社に慰謝料を求めた事件である。同判決では個人に関する情報がプライバシーとして保護されるためには、(1)私生活上の事実または私生活上の事実らしく受け取られるおそれのある情報であること、(2)一般人の感受性を基準にして当該私人の立場に立った場合に、他者に開示されることを欲しないであろうと認められる情報であること、(3)一般の人に未だ知られていない情報であることが必要であるとした。そして、このような公開によって当該私人が実際に不快、不安の念を覚えたことを必要とすると判示したうえで、プライバシー侵害による損害賠償(慰謝料)を認めた。

要約すると他者に知られたくない未公開の事実であって、私生活上のものを公開されないことがプライバシーとして保護されると判断し、これが後々の判決に影響を与えることとなった。
3|差止請求
プライバシー侵害を理由とするリーディングケースとしては最高裁判決平成14年9月24日の「石に泳ぐ魚」事件判決がある7。同判決では「人格的価値を侵害された者は、人格権に基づき、加害者に対し、現に行われている侵害行為を排除し、又は将来生ずべき侵害を予防するため、侵害行為の差止めを求めることができる」とし、「どのような場合に侵害行為の差止めが認められるかは、侵害行為の対象となった人物の社会的地位や侵害行為の性質に留意しつつ、予想される侵害行為によって受ける被害者側の不利益と侵害行為を差し止めることによって受ける侵害者側の不利益とを比較衡量して決すべきである」とする。そして、「侵害行為が明らかに予想され、その侵害行為によって被害者が重大な損失を受けるおそれがあり、かつ、その回復を事後に図るのが不可能ないし著しく困難になると認められるときは侵害行為の差止め」ができるとして、書籍の出版差止めを認めた。

このように同判決は、人格権に基づく差止を認めるにあたっては、侵害行為による被害者側の不利益と差し止めることによる侵害者側の不利益とを比較考量すべきことと、被侵害者側に重大な損失が生じうるおそれがあり、事後回復が著しく困難な場合に差止ができるとした。
4|違法性阻却事由
ガイドライン(p9)では「プライバシーの保護対象となる私生活上の事実であっても、公人及び準公人(特に選挙によって選出される公職にある者やその候補者、専門職等)については、その適否、資質の判断材料として提供された場合において、表現の内容及び方法がその目的に照らし不当でないときには、違法性がない」とする。ここで公人・準公人とは、「国会議員、地方自治体の長、議員その他要職につく公務員などをいう。また、『公人』に準じる公的性格を持つ存在として、会社代表者、著名人もある」とする(ガイドラインp10注13)。

ガイドライン(p9)は、このうち著名人について「その私生活の一部も社会の正当な関心事とされ得ること及びそのような職業を選びまた著名となる過程で一定の限度でプライバシーを放棄していると解されることから、当該著名となった分野に関連する情報については、その公開が違法でないとされることがある」とする。
5|小括
プライバシーに該当するもの、すなわち、個人に関する非公開の事実で、本人が知られたくない情報については原則としてインターネット上で公開されない権利を有する。例外が公人である。国や地方自治体の首長や議員、あるいはその候補者といった選挙民がその資質を知ることが必要なときは正当な範囲でプライバシーに属する発信が許される。近時、自治体の首長の学歴が問題となって多くの報道がなされている。私人における学歴、特に特定の大学を卒業したかどうかについては、プライバシーに属する情報となる可能性がある。ただし、この案件では選挙時における首長としての資質に関する情報であることから、必要かつ相当な範囲であれば、報道や投稿が許容されると解される。

また、週刊誌などで芸能人のプライバシーに属する情報が報道されているが、以前のような芸能レポーターのような存在はなくなってきた。そもそも芸能人のプライバシーであってもやはり公益理由がない限りにおいては、法的な保護を受けるべきものであるとの考えが生じてきたからである8
 
8 休業中の歌手の住居内の撮影を行い週刊誌に掲載したことが不法行為にあたるとして550万円の賠償金支払いを命じた事例がある(東京地裁判決平成28年7月27日)。

3――プライバシーの範囲

3――プライバシーの範囲

本稿で述べるところの、判例・ガイドラインに示されたプライバシーの範囲は図1の通りである。黄色がプライバシーとされる項目、桃色が公共の利益に係る場合にプライバシーから除外される項目である。なお、犯罪に係る情報の公開は後述の通り、逮捕時にはプライバシーから除外されるが、罪を贖って時間が経った時には特に私人においてプライバシー侵害に該当することがある。
1|氏名・連絡先
個人の氏名・連絡先を公開するものとして、かつての電話帳のような役割を持つ媒体は存在しなくなり、現在は主に事業者の電話番号のみがネット上に掲載されている。

さて、氏名・連絡先はそれだけでは個人の同一性を示す記号に過ぎないともいえるし、名刺などは広く交付されるものであるなど秘匿性が高いものとも言えない。しかし、最高裁平成15年9月12日早稲田大学名簿提出事件判決9では、大学主催の講演会に参加する学生の学籍番号、氏名、住所及び電話番号を第三者(警察)に提供したことが争われた。同判決ではこれらの情報は「秘匿されるべき必要が必ずしも高いものではない」としつつ、「本人が、自己が欲しない他者にはみだりにこれを開示されたくないと考えることは自然」とし、同意を得ないまま情報を開示したことはプライバシー侵害にあたるとした。ここでは特に警察に提供したという事実が、判決の判断の根拠になったとも考えられる。

本稿の関心事としては、ネット上に氏名・連絡先が掲載されることの問題性である。ガイドライン(p10)では氏名等の情報が「一般に開示されることにより、とりわけインターネット上開示されるときには、見知らぬ第三者からのアクセスを容易にし、私生活上の平穏を害されるおそれがあるため、現在では、一般私人にとって公開されたくない情報となっている」とする。ここで指摘されている通り、氏名・連絡先がネット上に公開されると迷惑電話や詐欺など犯罪行為のターゲットとなるおそれがある10

ちなみに、会社(個情法では個人情報取扱事業者)から個人情報が漏えいした場合に企業が支払う損害賠償金額は、1人あたり数千~数万円が相場とのことである11

なお、公人・準公人あるいは著名人であっても一般に住所・電話番号は公けの関心ごととは関係はなく、判例上も出版差し止めが認められているケースがある(ガイドラインp13)。
 
9 https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=52357 参照。
10 警察庁HPではメルアドが掲示板に無断に載せられたケースが挙げられている。https://www.keishicho.metro.tokyo.lg.jp/sodan/nettrouble/jirei_other/slander.html 参照。
11 損保ジャパンHP https://www.sompo-japan.co.jp/hinsurance/cyberrisk/articles/cyber-article-9/ 参照。

保険研究部   研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長

松澤 登(まつざわ のぼる)

研究領域:保険

研究・専門分野
保険業法・保険法|企業法務

経歴

【職歴】
 1985年 日本生命保険相互会社入社
 2014年 ニッセイ基礎研究所 内部監査室長兼システム部長
 2015年4月 生活研究部部長兼システム部長
 2018年4月 取締役保険研究部研究理事
 2021年4月 常務取締役保険研究部研究理事
 2024年4月 専務取締役保険研究部研究理事
 2025年4月 取締役保険研究部研究理事
 2025年7月より現職

【加入団体等】
 東京大学法学部(学士)、ハーバードロースクール(LLM:修士)
 東京大学経済学部非常勤講師(2022年度・2023年度)
 大阪経済大学非常勤講師(2018年度~2022年度)
 金融審議会専門委員(2004年7月~2008年7月)
 日本保険学会理事、生命保険経営学会常務理事 等

【著書】
 『はじめて学ぶ少額短期保険』
  出版社:保険毎日新聞社
  発行年月:2024年02月

 『Q&Aで読み解く保険業法』
  出版社:保険毎日新聞社
  発行年月:2022年07月

 『はじめて学ぶ生命保険』
  出版社:保険毎日新聞社
  発行年月:2021年05月

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