7月1日に公表された日銀短観6月調査では、注目度の高い大企業製造業の業況判断DIが13と前回3月調査から1ポイント上昇した。同DIの上昇は2四半期ぶりとなる。トランプ政権による相次ぐ関税の発動・拡大を受けて輸出環境は悪化しているものの、今のところ景況感への影響は限定的に留まった。一方、大企業非製造業では、コメを始めとする食品価格上昇による消費者マインドの低迷等を受けて、業況判断DIが34と前回比1ポイント低下した。
ちなみに、前回3月調査
1では、トランプ関税の悪影響や中国経済の低迷等を受けて大企業製造業の景況感が小幅に悪化した一方で、インバウンド重要などに後押しされて、非製造業では景況感がやや改善していた。
前回調査以降、米国のトランプ政権によって自動車関税(25%)、相互関税(一律10%、上乗せ関税は発動直後に延期)といった大規模な関税が発動され、鉄鋼・アルミ関税の税率も倍(50%)に引き上げられた。また、関税を巡る方針が二転三転し、日米交渉の決着もついていないため、先行きの不確実性も極めて高い状況になっている。このため、既に高関税が課せられている自動車では景況感が押し下げられた。ただし、こうした関税措置はある程度想定されていたものであり、発動後間もない現時点では企業の負担も概ね許容範囲に留まっているようだ。一方で、価格転嫁が幅広く進展するなかで原材料価格の上昇が一服したことが、景況感を後押しする要因となったと考えられる。
大企業非製造業では、コメなどの物価上昇による消費マインドの低迷が景況感を下押しした一方で、堅調なインバウンド需要や価格転嫁の進展が一定の支えになったとみられる。
中小企業の業況判断DIについては、それぞれ前回から1ポイント低下し、製造業が1、非製造業が15となった。大企業同様、製造業・非製造業ともに小動きに留まっている。
さらに、先行きの景況感は総じて悪化が示された。製造業では、トランプ関税への警戒が重石となったものの、状況が極めて流動的で予測が困難であるうえ、関税が緩和される可能性も残ることから、大幅な悪化は回避されている。非製造業では、製造業に比べて足元の景況感が良好であるだけに、物価高による消費の腰折れや人手不足、人件費等のコスト増加に対する懸念が反映されやすいとみられ、先行きの景況感が明確に悪化している。
なお、6月13日にイスラエルがイランへ攻撃を開始し、中東情勢が10日余りにわたって緊迫化したが、回収基準日後の情勢変化は織り込まれにくいことから、短観への影響は限られたと推察される。
事前の市場予想との対比では、注目度の高い大企業製造業については、足元の景況感(QUICK集計予測値10、当社予想は8)、先行きの景況感(QUICK集計予測値8、当社予想は6)ともに市場予想を上回った。大企業非製造業については、足元の景況感は市場予想(QUICK集計34、当社予想は32)と一致したが、先行きの景況感は市場予想(QUICK集計29、当社予想は28)を下回っている。
2024年度の設備投資(実績・全規模)は、前年比7.5%増と前回3月調査(8.1%増)からやや下方修正された。
例年、6月調査(実績)では、大企業において下方修正が入ることで、全体として下方修正される傾向がある
2。
一方、2025年度の設備投資計画(全規模全産業)は、2024年度実績比で6.7%増と前回調査の0.1%増から大きく上方修正された。例年、設備投資計画は計画の策定進捗と前年度実績の下方修正に伴って6月調査で大きく上方修正される傾向があるため、上方修正自体に大きな意味合いはないものの、今回の上方修正幅は6.6%ポイントと例年
3をやや上回っており、堅調と言える。
深刻化している建設領域での人手不足やコスト高に加え、トランプ関税による収益圧迫懸念と不確実性の高まりは設備投資計画にとって抑制に働いている可能性がある。ただし、人手不足を背景とする省力化や脱炭素、DXの推進など構造的な課題への対処に向けた投資需要が追い風となったと考えられる。トランプ関税についても情勢が極めて流動的であるだけに様子見地合いになっているとみられ、投資計画の取り下げの動きが広がるまでにはまだ至っていないようだ。
物価関連項目では、企業の「物価全般の見通し(全規模)」が引き続き2%超で高止まりした。具体的には、1年後が前年比2.4%(前回比0.1%ポイント低下)、3年後が2.4%(前回から横ばい)、5年後が2.3%(前回から横ばい)となっている。
また、企業の「販売価格の見通し(全規模・現状との比較)」も1年後が2.9%(前回から横ばい)、3年後が4.3%(前回比0.1%ポイント低下)、5年後が5.1%(前回比0.1%ポイント低下)と、中長期的な値上げ意向も維持されている。
物価関連項目は総じて堅調を維持しており、中期的なものも含めて企業のインフレ予想が高止まりしている様子を示唆している。
日銀は展望レポートで示している経済・物価の見通しが実現していくとすれば、引き続き政策金利を引き上げる方針を維持しつつ、見通しの実現性については「不確実性が極めて高い状況にある」として、内外経済・物価情勢や金融市場の動向等を丁寧に確認する姿勢を表明している。
そうした意味で、今回の短観は、自動車関税や相互関税というトランプ政権による大規模な関税が発動されてから初の調査にあたることから、日銀が関税の影響を推し量るための重要な初期材料にあたる。
今回の短観において、企業の景況感や設備投資計画などが総じて堅調な結果となり、トランプ関税の影響の顕在化が限定的に留まったことは、日銀にとってひとまずの安心材料になりそうだが、早期の利上げに直結するものではないだろう。
なぜなら、日本経済にとって最大の不確実性の発生源であり、下振れリスクでもあるトランプ関税を巡る情勢には変わりがないためだ。植田総裁は、6月会合後の会見において、「これ(日米の関税協議の合意)が後ずれすればするほど、通商政策を巡る状況が不確実であるという判断は続いていく」、「通商政策がどこかのレベル内容で落ち着いたとしても、それが経済にどういう影響を及ぼしていくかについての不確実性も極めて高い」、「ハードデータ(実体経済の動向を示す指標)が今後どうなっていくかということはみてみたい」などと発言し、関税の行方などを見定める方針を示唆している。従って、日銀は今後数ヵ月にわたって利上げを見送りつつ、トランプ関税の行方と影響の見定めに専念する可能性が高いと見ている。
1 回収基準日は前回3月調査が3月12日、今回6月調査が6月12日(基準日までに約7割が回答するとされる)。
2 直近10年間(2014~23年度)における6月調査(実績)での修正幅は平均で▲2.1%ポイント。
3 直近10年間(2015~24年度)における6月調査での修正幅は平均で+6.4%ポイント
2.業況判断DI:足元は小動き、先行きは総じて悪化