金融技術革新の4類型とその波及効果-キャッシュレス化にみる「制度から始まるイノベーション」の形

2025年06月12日

(福本 勇樹) 金利・債券

4包摂拡大型(対象の拡大)
包摂拡大型とは、これまで金融サービスの利用対象とされてこなかった顧客層に、技術革新によって金融サービスの提供が可能となり、金融市場に新たな接続が生まれる類型である。これは制度や担い手の大幅な変更を伴わずとも、既存の金融機能の活用や運用の工夫により、媒介対象の再定義と範囲拡張を実現するプロセスである。

これには、資産規模の制約や距離的な課題、必要な情報量の不足などの要因で、金融サービスへのアクセスが困難であった層に対し、デジタル技術や代替的スコアリング手法などを通じて金融包摂を実現する動きが含まれる。これらは既存制度の枠内で行われつつも、「誰を媒介対象とするか」という金融市場でサービスを受ける対象そのものを見直す取り組みである。この類型には以下の特徴がある。

(1)従来の対象外にあった層へのアクセス
技術の進展や情報量の拡大によってリスクが把握できるようになり、従来不適格とされていた層も金融サービスの提供対象となる。

(2)媒介機能の社会的広がり
金融サービスの包摂性が高まることで、単なる市場拡大にとどまらず、経済的機会への公平なアクセスが広がり、社会全体としての経済参加が促進される。

(3)制度や担い手に依存しない内的拡張
大きな制度変更や新規参入を伴わず、既存の金融機関やルールの中で工夫や技術導入によって実現される点で、比較的漸進的なイノベーションといえる。
 
具体例としては、富裕層向けサービスの対象拡大(ロボアドバイザー、ラップ口座の提供)、信用スコアリングモデルを用いた中小企業向け融資、日本在住の外国人向け金融サービス、同性パートナー向け住宅ローンなどがある。これらは新たなテクノロジーやアプローチによって、「誰が金融市場に接続されるべきか」という問いに対する答えを更新しつつある。

包摂拡大型の技術革新は、媒介の構造や手法を根本的に変えるものではないが、「包摂の質」を高める点において社会的意義が大きい。金融の公正性やアクセシビリティを重視する現代的課題に対して、制度疲労や対立を生まずに応答できる柔軟なモデルとして注目されるべきである。
5社会的受容型
社会的受容型とは、制度や技術が既に存在しているにもかかわらず、それらが十分に活用されてこなかった領域において、社会的規範や価値観の変化を契機に、金融サービスが受け入れられるようになることで実現される技術革新の類型である。これは制度や担い手の変化を伴わず、むしろ「社会の受容性の変化」によって、既存の金融技術が改めて媒介手段として機能し始める点に特徴がある。

たとえば、キャッシュレス決済のように、技術や制度はすでに整っていたにもかかわらず、現金主義やセキュリティへの不安、商習慣などの理由から利用が進まなかったケースがある。こうしたサービスが、社会的な行動変容(例:決済事業者によるポイント還元キャンペーンや感染症拡大による3密回避志向、それに伴うオンラインサービス利用の急増)を背景に一気に普及するのが、本類型の典型である。この類型の特徴は、以下の通りである。

(1)制度や技術の存在を前提とした「利用の拡張」
制度やインフラは既に整っているが、社会的な躊躇や規範によって利用が進まなかった領域で、社会の価値観やライフスタイルの変化を契機に利用が拡大する。

(2)文化的・心理的ハードルの低下
技術革新の直接的な要因は社会心理にあり、「恥の文化」「現金信仰」「保守的な資産運用志向」といった日本的な慣習の変化を起点として金融サービスの普及・浸透が促される。

(3)制度や担い手に依存しない「受容変化型の外的転換」
この類型は、制度や担い手の変更を前提とせず、むしろ「利用者側の受容性の変化」によって実現されるイノベーションであり、他の類型とは異なるベクトルを持つ。
 
こうした技術革新の例としては、クレジットカードやQRコード決済の普及、オンライン証券利用の一般化、老後2000万円問題を契機とした資産形成への意識変化などが挙げられる。

社会的受容型の技術革新は、他の類型と比べて制度疲労や法改正といった摩擦が小さく、柔らかく社会に浸透する点に特徴がある。金融の持続可能性や多様性への対応という観点からも、今後の技術革新において注視すべき類型の一つである。

4――金融技術革新を決定づける条件:「制度との接続」

4――金融技術革新を決定づける条件:「制度との接続」

1制度内と制度外の境界線
金融における技術革新は、単に新しい手法やテクノロジーが登場することを意味しない。革新的なサービスが、既存の制度にどう接続されるか、あるいは制度の外にとどまるかが、金融市場における普及・定着の命運を大きく左右する。制度との接続の成否こそが、金融技術が「一過性のアイデア」にとどまるか、「持続的な市場構造の変化」へと昇華するかを決定づける。

ここでいう「制度」とは、法令や規制、監督指針といった形式的なルールのみならず、それらを支える実務指針や会計基準などを含む広義の枠組みを指す。つまり制度は、金融市場における正当な媒介行為を規定する「社会的に許容可能なインフラ」として機能している。

この枠組みに接続されることにより、あるサービスや技術は「制度内の金融サービス」として制度的に受容され、担い手や利用者による反復的な取引が可能になる。たとえば住宅ローンの「フラット35」やスタートアップ向けの保証制度は、制度変更と同時に市場の媒介条件を大きく変えた事例である。これに対し、技術的には成立していても制度との接続をうまく果たせないものについては、持続的な事業展開が困難になり、最終的に撤退や縮小を余儀なくされることもありえる。

このように、技術革新の現場には常に「制度内」と「制度外」という、見えにくいが確かに存在する境界線がある。そこには、技術の優劣だけでは越えられない制度的ハードルが横たわっている。

重要なのは、この制度的境界が必ずしも明確にあるわけではなく、解釈・運用・タイミングによって変動する点である。新しい金融技術が登場したとしても、規制当局の解釈ひとつで制度内/制度外の位置づけが左右されることもあれば、制度内にあっても利用者側の受容がなければ広がらないこともある。制度は本質的に「固定されたルール」ではなく、「運用によって変動する枠組み」であることを示している。
2制度的受容を左右する3つの視点
制度は固定的な存在ではなく、法令やガイドラインとして明文化される一方で、それを取り巻く解釈、運用の実態、社会的文脈の変化などによって、金融技術やサービスの導入可能性は大きく左右される。制度内/制度外の境界が実質的に変動するのは、制度そのものに含まれる構造的な柔軟性と、周囲の環境要因の影響によるものである。本節では、技術革新が制度に受容されるか否かを分ける要因として、以下の3つの視点を提示する。

(1)形式的要件:法制度・規制の明確性と適合性
最も直接的かつ静的な判断基準は、既存の法律や監督規制に対する形式的な適合である。例えば、業法における業態の定義付け、割賦販売法や資金決済法といった決済法制の要件などが該当する。金融機能がこれらの規定に則っていなければ、いかに技術的に有用であっても制度的には「媒介の正当性」が認められず、制度外と位置づけられる。特に日本の金融分野では、免許制・登録制・届け出制の区分や、業法ベースの制度構造が、制度的受容の第一ハードルとなっている。

もっとも、既存の制度的枠組みに適合しない場合でも、制度設計そのものに働きかけることで、新たな制度変更につながることがある。形式的要件は不変ではなく、対話と提案によって更新しうるものである。

(2)運用的解釈:行政・実務レベルでの柔軟性と裁量
制度的な受容において重要なのは、必ずしも条文そのものではなく、その運用・解釈の蓄積である。「形式的に法的な要件を満たすか否か」だけでなく、「当局との対話」や「海外も含めた先行事例の運用実績」なども、制度的グレーゾーンの解消に実質的な影響を及ぼす。さらに、ガイドラインやQ&A、ディスカッションペーパーといった蓄積が判断材料になることもある。

(3)社会的文脈:規範・行動様式・信認の変化
制度は社会から孤立して存在しているわけではなく、社会的価値観や行動規範と相互に関係しながら意味づけられている。たとえば、現金主義からキャッシュレス決済への転換は、制度自体が大きく変わらずとも、決済事業者によるポイント還元キャンペーン、感染症拡大による3密回避志向やそれに伴うオンラインサービス利用の急増などを通じて、社会的な受容環境の変化によって、制度内のサービスとして現実的に活用されるようになった事例といえる。制度的受容とは単に「制度に入ること」ではなく、「社会的に正当なものとして認識されること」であり、そこには文化的背景や信頼の蓄積といった要素が深く関与する。
 
以上の三点から明らかなように、制度的な受容可能性は、「形式」「運用」「社会的文脈」という三つのフィルターを通して決まるものである。制度は、金融技術に対する受容の前提であると同時に、その解釈や運用を通じて変化・適応し得る、革新の可能性を内包した可変的な構造体でもある。技術革新を制度に接続するには、これら三層の理解と対応が不可欠である。

もっとも、金融サービスでは、制度疲労を起こしていても担い手側からの「撤退宣言」がない限り、形式上はサービスが継続される場合が少なくない。手形・小切手のように利用者が減少しても制度自体が維持されたケースもあり、制度疲労が直ちに制度変更や撤退につながるとは限らない。
3制度との接続に関する事例
これまで見てきたように、金融技術の革新が社会に定着するかどうかは、技術そのものの優劣よりも「制度との接続」の成否に大きく左右される。本節では、制度との接続をめぐる代表的な事例を、以下の3つの類型に分けて整理する。

(1)制度接続に成功した事例
最も典型的な成功事例は、「フラット35」である。これは、住宅金融公庫が直接融資を主体としていた仕組みから、2007年に住宅金融支援機構への移行を契機として、債権買取型の仕組みへと本格的に再編されたものである。制度的な媒介条件が整えられたことで、金融機関にとっても長期固定型ローンの商品化が現実的なものとなり、消費者にとっても選択肢が広がる形で、制度と市場の接続が成功した。

また、BaaS(Banking as a Service)の拡大も制度接続の好例である。2017年の銀行法改正によって電子決済等代行業者の登録制度が導入され、金融機関とのAPI連携が制度的に位置づけられたことが、技術的実装と社会的受容の双方を促進した。さらに、金融庁によるガイドラインの整備やAPIに関する実務的な対話が、制度と現場を橋渡しする役割を果たした。従来、銀行業務を外部事業者が担うには銀行設立が必要だったが、銀行代理業の活用によって必要な機能のみを分担するモデルが可能となり、非金融分野による金融サービス展開の柔軟性が高まった。

(2)制度接続に課題があった事例
制度的な枠組みや社会的文脈との接続が不十分だった例として、大手企業連合による個人向け信用スコア事業がある。AIやオルタナティブデータを用いたスコアリングは技術的には革新的であったが、プライバシー保護やデータ利用の透明性に対する社会的懸念、ならびに信用スコアの活用に関する制度設計の曖昧さが普及の障壁となった。結果として十分な社会的受容を得られず、2022年には個人向け融資から撤退している。

ここでは、個人情報保護法など形式的要件には一定の対応がなされていたにもかかわらず、運用的解釈にむけたコンセンサス形成が不足していたこと、さらに社会的信認の欠如が重なったことで、制度接続が不完全に終わったものと評価できる。

(3)初期は困難だったが、後に克服された事例
地域通貨の電子化は、当初は制度的・社会的な課題を多く抱えていた。2000年代初頭から試験的に導入された多くの地域通貨は、資金決済法との整合性、金融機関との接続性、利用者の信認などが不十分であったため、多くが短期間で終了した。

しかし近年では、飛騨信用組合の「さるぼぼコイン」に代表されるように、制度的枠組みと地域ニーズの接続に成功した事例が現れている。これは、地元加盟店とのポイント還元施策を通じて地域内での資金循環を促進し、「地産地消」の文脈で社会的正当性を得たことで、制度的裏付けを持ちながら定着に至ったものである。このケースでは、資金決済法に準拠した電子マネー型スキームの活用や、自治体との連携などが、制度との再接続を支えている。

このように、当初は制度外にあった技術でも、社会的実験と制度的工夫を重ねることで、制度内に受け入れられていくプロセスが存在することが確認できる。
 
この3類型の事例は、金融技術の成否が単に「革新性」に依存するのではなく、「制度への接続性」という複層的な条件に支配されることを示している。技術の制度的受容は、形式的な適法性にとどまらず、運用解釈や社会的文脈との整合性を含む広範な検討を要する。今後の技術革新においては、制度との接続を単なる形式的な「法や規制への遵守」だけではなく、実務的な運用面や社会的な受容の側面で「共進化」のプロセスとして捉える視点も不可欠だと考えられる。

金融研究部   金融調査室長・年金総合リサーチセンター兼任

福本 勇樹(ふくもと ゆうき)

研究領域:

研究・専門分野
金融・決済・価格評価

経歴

【職歴】
 2005年4月 住友信託銀行株式会社(現 三井住友信託銀行株式会社)入社
 2014年9月 株式会社ニッセイ基礎研究所 入社
 2021年7月より現職

【加入団体等】
 ・日本証券アナリスト協会検定会員
 ・経済産業省「キャッシュレスの普及加速に向けた基盤強化事業」における検討会委員(2022年)
 ・経済産業省 割賦販売小委員会委員(産業構造審議会臨時委員)(2023年)

【著書】
 成城大学経済研究所 研究報告No.88
 『日本のキャッシュレス化の進展状況と金融リテラシーの影響』
  著者:ニッセイ基礎研究所 福本勇樹
  出版社:成城大学経済研究所
  発行年月:2020年02月

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